社会的障害の経済研究(REASE)公開講座(2013年9月28日) 第2部:差別解消法と障害平等研修 報告4:「障害に気づく対話の場としての研修」 久野研二:国際協力機構、国際協力専門員(社会保障) 本資料は、以下から一部抜粋し改編したものです。引用する場合には以下の原典を参照し引用してください。 キャス・ギャレスピー=セルズ、ジェーン・キャンベル (久野研二訳)(2005)「障害者自身が指導する権利・平等と差別を学ぶ研修ガイド:障害平等研修とは何か」、明石書店 障害平等研修 (1)障害平等研修と従来の障害啓発との違い 障害平等研修は、従来良く行われてきた障害者の機能に着目する啓発の取り組みとは異なる(表1、2)。ここでは便宜上従来の取り組みを「障害啓発」と呼ぶことにする。 障害啓発と障害平等研修との大きな違いは、障害啓発の焦点が身体機能であるのに対し、障害平等研修の焦点は社会の差別にある点である。つまり、前者は障害者個人の機能・能力障害に焦点をあてる「障害の医学モデル」に基づくのに対し、後者は障害を差別や権利・平等の課題と見る「障害の社会モデル」を基礎にする。それにより、障害啓発の目的は、障害者の機能的な制限を知り、車椅子の段差越えや視覚障害者の介助など、どのように介助し接するかという行為を学ぶことが目的であった。言い換えれば「困っている障害者を助ける」には「何」を「どのように」するのかを学ぶ事を目的とした。それに対して障害平等研修は、障害を権利・不平等・差別の問題と認識することで、「なぜ」そのような差別的な社会が作られるのかその原因と構造を理解し、自らが社会を変革していくための行動を作り出すことを支援することにある。障害平等研修において社会変革のための「行動」を作り出すことが重視されている2つの理由がある。一つは差別に関する研修では啓発のみで終わりそれを乗り越えていくための道筋が出されない場合、参加者は差別者としての罪悪感だけを強く持ってしまうためである。二つ目は、社会変革といってもそれは大きなことではなく一人ひとりが取れる行動によって可能であることを個々の参加者が発見するためである。 研修の内容は、障害啓発では障害の機能的な制限の理解と介助に関するニーズと方法に焦点があてられ、その方法も機能的に「できないこと」を経験する疑似体験が主となるが、障害平等研修では「社会モデル」という視点の獲得と社会変革を行うためのツールとしての法律や制度、サービスの理解、そしてそれらを基にする行動の支援が重要な内容となり、その方法は差別の原因と構造の分析と討議、差別の経験を分析するロールプレイ、そして自らを社会変革の行為者としていくための行動計画の作成などが方法となる。 前者では障害は障害個人の機能障害と捉えられるがゆえに、研修に参加する「自分」は障害とは無関係の中立的な存在となるが、後者では社会の一員である自分は障害者を差別するような社会を構成している差別者として認識することになる。しかし同時に障害平等研修は参加者を社会変革のための行為者とすることも支援するがゆえに、改革者としての自己認識も同時になされる。 障害啓発では医療や福祉に従事するものが指導する場合が多いが、障害平等研修は障害者本人が指導者となる。その理由は、障害を社会的抑圧として直接経験したものだけが、障害という課題全体を現実のものとして教えることができる程に理解しているからである。 障害啓発がとる方法は高齢者問題などで用いられているが、障害平等研修は差別や権利を課題とする性差別、在日外国人や同和問題の研修と類似する。 障害平等研修とは、「何が」以上に「なぜか」を問うことを、「何をする」以上に「なぜする」を考えることを重視するものであり、「障害者にはやさしくしましょう」という標語によって「困っている障害者に対して手を貸す」という行為だけを変えようというものではない。「なぜ」障害が作り出されているのか、それを理解し、自らをそのような社会の変革者としていくことを支援することなのである。 表1 障害平等研修と従来の障害啓発との比較 従来の啓発研修 障害平等研修 目的(内容・焦点) 機能的障害や物的バリアの理解(できない・困難) 差別の現状と原因の理解 障害の理解 機能・能力障害 差別、社会的排除阻害、参加の制限 基礎となる障害モデル 医学モデル 社会モデル 類似手法がとられる課題 高齢者 同和問題、女性、在日外国人、同和問題 手法 できないことの体験 差別についての討議・ロールプレイ 自分自身の認識 中立な存在 差別者かつ改革者 講師 医療や福祉の専門職(主に非障害者) 障害者本人 表2:障害平等研修とは 身体の機能不全ではなく、社会の障壁・差別に焦点をあてる。 単なる態度の転換ではなく、偏った障害理解を改める。 障害の医学モデルではなく社会モデルの理解を促進する。 性や人種による差別などと関連づける。 疑似体験ではなく議論を中心にする。 障害者本人が実施する。 障害啓発における「行為の変化」と障害平等研修の「社会変革のための行動」の違い 障害啓発で着目される「行為」とは、例えば車椅子での段差超えなど障害者が機能的にできないことを「介助する行為」や障害者と「どう接するか」といったエチケット的な「行為」である。これは必要なことではあるが、これだけが人々の行動の変化として求められているとするのはあまりにも表面的過ぎる。障害平等研修では社会の差別状況に着目するがゆえに、それが求めるのは差別的な社会の在り様の転換であり、重視されるのは、社会の制度や価値体系、在り様を変えていくことであり、求められるのは「社会変革のための行動」を参加者が作りあげることである。その行動とは、職場において障害者雇用を妨げているような仕組みを変えることや、職場において障害者のアクセスを十分に配慮すること、また自分が関わる子育てグループにおいて障害児が参加できるようにするといったような行動である。この両者の差異には十分注意すべきである。 ・疑似体験(シミュレーション)の限界 疑似体験では個人の身体機能不全のみが強調され、障害の本質である差別や排他的な社会の構造といった最も理解が必要である点が軽視され、差別や権利の問題としての障害理解を遠ざけてしまう可能性がある。また、多くの障害者が自立した生活を送っているにもかかわらず、擬似体験では「できない・困難」という負の側面ばかりが強調され、障害者に対して負の価値付けがなされることが多い。障害者を「できない人」と見る見方を強め、かえって差別的な見方と障害者に対する家父長的な態度を強化してしまう可能性がある。 障害の疑似体験を社会の障壁を経験するものとできるという反論もあるが、疑似体験でわかるのは物理的な障壁だけであり、単に「何が」障壁であるかを発見するだけで終わってしまう場合が多い。障害平等研修が重視しているのは、そのような障壁が「なぜ」作り出されるのか、その原因と構造を理解することにある。 ・なぜ社会モデルなのか? 障害平等研修において「障害の社会モデル」は重要であるが、それは障害の本質を理解し取り組むには、障害を単に障害個人の身体機能や社会の物理的な環境しか見ない障害の医学モデルでは不十分であり、障害を権利・平等・差別の問題としてみる社会モデルの視点が欠かせないからである。単に医学モデルに反対し社会モデルを推進するためにいっているのではない。 ・なぜ行動計画なのか? 一つは、前述したように、差別に関わる研修において啓発だけで終わる事は往々にして差別者としての罪悪感を参加者に生じさせてしまうだけであり、そこからの解放の道筋を見つけていく支援がより重要である事。二つ目の理由は、障害平等研修が求めているのは単なる行為の変化ではなく、社会変革のための行動であり、それは個々のおかれている状況や関わる仕事などによって異なっており、参加者個々人が自身の能力や役割から作りあげなくてはいけないからである。 ・障害平等研修とは「〜ではない」。 「非障害者に罪の意識を負わせることではない」 差別や平等に関する研修においては、被差別者に対して無意識に差別的な態度を取っていたり、差別を生み出す社会の生成に貢献していたりする差別者としての自己を認識することが必要である。在日外国人や同和問題などにおいてもそのような自己認識を目的とする啓発がよく行われている。しかし、障害平等研修がより重要視しているのは、そのような自己認識を超えて差別を作り出す社会の構造そのものを理解すること、そして差別者であるとともにしかしその差別を無くしていく行動をする改革者としての自己を認識することにある。 「障害者の医療体験を語ることではない」 例えば障害者が闘病生活やどのように障害を乗り越えてきたか語るものではない。それが障害平等研修の一部として組み入れられる場合もあるが、それは往々にして障害の機能的な側面や障害者個人の努力に対する注意を喚起するだけで、「なぜ社会が差別を作り出すのか」という理解や社会分析を導くものとはなりづらいからである。 「障害の疑似体験ではない」 障害平等研修は障害を差別として取り組むものであり、機能的な側面のみ重視するような障害の疑似体験ではない。 「障害者の医学的情報の説明ではない」 例えば脳性まひや脳卒中がどのような病気でどのような機能の制限を受けるか、といったような医学的な情報を説明するものではない。 (2)障害平等研修の指導者 2004年現在議論が出されているものの、イギリスにおいても障害平等研修の指導者に関する公的な基準や資格制度はなく、指導者の育成も様々な組織が独自に行っている。  障害者団体や自立生活センターなどに属している指導者も多いが、障害コンサルタントとして独立している人や人的資源開発などを行う一般企業に属している指導者もいる。障害に関するコンサルタント業務や障害平等研修は、企業や組織が必要とする他のコンサルタントや研修と同様に専門的な仕事であり、それに従事する指導者も専門職と位置づけられる。 (3)障害平等研修の対象 障害平等研修は全ての人にとって有益なものであり、その対象は全ての人である。しかし、その対象として特に重要であるのは、自治体や社会福祉事業など一般市民を対象とする業務に関わる人々、メーカーや小売業など製品の製造やサービスに関わる人々、また公的機関・民間を問わず雇用に関わる人々である。 (4)研修について 研修の期間 本書では「効果的な障害平等研修を行うには最低でも二日間の日程が必要である」と述べられている。また、行動計画の確認のためには3-6ヵ月後に半日ほどのフォロー・アップを行うことが望ましいともいわれている。しかしこれは理想であって、実際に職員を数日に渡って研修に参加させることができる機関は多くはなく、現実には数時間程度の研修も多い。 実施方法と内容 障害平等研修の柱は、障害を権利・不平等・差別の課題として捉える障害の社会モデルの視点を獲得することである。加えてそのような障害を無くしていくための手段・方法としての既存の法律や制度、アクセスやサービスなどについての理解を深めること、そしてこの「視点」と「手段」を基に自分自身の生活や仕事を通してより平等な社会を実現していくための自分自身の行動計画を作りあげること、この三つが障害平等研修の内容の核となる。 その方法は事例検討やロールプレイ、ワークショップ等の中心となる。具体的な内容として標準化されたものはないが、表3に示す内容を含むものとなる。 表3:障害平等研修の内容 障害を生む障壁:否定的な態度、交通機関や情報におけるアクセスの欠如、またその他のサービスにおける差別や排除など、障害者が経験している社会制度や構造、関係性における障害経験の理解など。 障害の「社会モデル」と「医学モデル」:二つのモデルの違いを理解し、障害を再定義する。 障害者自身の団体:障害者運動の歴史。「障害者自身の団体」と「障害者のための団体」との区別の重要性について。現在の課題や社会運動の状況について。 用語について:障害と障害者を説明するのに使われてきた言葉や表現と、それが人々の態度や障害者の生活にもたらした影響について。事象の理解やイメージは言葉と切り離すことは困難であり、この点に関する議論は重要である。単なる「言葉狩り」ではない。 権利と機会の平等:障害の社会モデルの視点に立てば、障害が権利と機会の平等に関する課題であることが明白となる。そして、どこに差別を生み出す構造があり、それをなくすためには何がなされるべきであるのかを導く。 抑圧:障害者が多面的な抑圧を経験する可能性を検討する。それにより、人種的少数者や女性のように生物学的な差異が排除の理由とされている人々との協力を築くことができる。 障害者に関する固定観念とイメージ:社会において障害者のイメージがどのようにつくられ捉えられているか、メディアにおける描写、特に慈善団体によって提示されるようなものについて検討する。加えて、それに対する障害者自身による肯定的な描写やイメージの提示についても検討する。 法律・制度・アクセス・サービス:障害者の差別に関する法律、および利用できる制度やサービス、またアクセスの具体的な意味について理解する。社会モデルと共にこれが行動計画の基礎になる。 現在の社会問題と障害:現在話題となっているよう社会の問題や課題と障害を関連付け検討する。それにより障害を実際の生活とより密接に結びつく重要なものとしての認識を促す。 変革のための行動計画:日常の生活や仕事を通して社会をより平等なものへと変革していくために、自身が取り得る行動計画を作成する。またそのための支援を提供することで、単に啓発されフラストレーションにさらされるのではなく、自己の学びと変化を行動へとつなげることができる。 上記に加えて以下のような内容を組み込むこともある。 自立生活運動・プログラム 介助制度とその整備 統合教育 雇用に関する諸問題 出典:Paul Darke  障害の理解が個人の機能不全にとどまるならば、その障害に対して求められる非障害者の行動は「困っている障害者個人に手を貸す」こととなる。しかし、多くの障害者が求めている行動の変化とは、非障害者が気づかずに行っている障害者の社会参加を抑制するような差別的な考え方や行動に気づき改め、共に障害をなくすために協働することである。この目的を果すには、差別としての障害理解、つまり障害の社会的側面に焦点をあてた障害理解が不可欠であり、障害というものの本質を人々に理解してもらうにはこの点を反映したものでなければいけない。 (5)障害理解の指標 現在、純粋に障害の社会モデルに基づいた障害理解の評価指標・尺度として広く用いられているものはないが、障害者の視点から障害理解と態度を評価する指標・尺度として開発されたものとしては「障害における修正問題尺度(Modified Issues in Disability Scale: MIDS)」がある。 今までの尺度には障害者自身の意見が十分に反映されていないという理解のもと、障害者が中心となってMIDSが開発された。MIDSは身体障害者(視覚障害者を含む)に関する49の質問項目に対して“大変同意する”から“全く同意しない”までの7段階で答えるリカート・タイプの質問紙法を用いる尺度である。原版は1985年に創られたが、その後、アフリカ系アメリカ人を対象としたものや、アメリカ先住民を対象とした改訂版がつくられている。その理由は、一見普遍的と思われる障害の理解が、年齢や人種などによる文化差異により異なるためとしている。MIDSは特定の質問項目集を指すのではなく、障害者自身の障害観を反映させるという主旨とそれに基づいた尺度を意味するとしており、異なった文化圏ではそこに適した質問項目を用いることを勧めている。 (6)障害平等研修の例 例1:障害者支援業務に携わる職員向けの研修 日数:1日 目的・内容 障害の社会モデルと日常業務における非差別的な実践との関連についての理解を深める 障害を社会的抑圧として理解する 障害(者)に関する用語についての理解を深める 抑圧を作りあげている人々の障害者に対するイメージについて探求する 障害者を取り囲む慈善主義的な思想を探求し挑戦する 短期的な目標達成のための行動計画を作る 日程 10:00 導入 10:30 障害と障害者に関する言葉 10:45 「私を傷つけない名前」(肯定的・否定的な言葉と定義) 11:15 休憩 11:45 「終わらない物語」:障害の原因とインペアメント 12:15 昼食 1:30 自立生活のための障壁と解決策 2:00 変化を起こす:障壁と解決策 2:30 「より良い状態への変化」行動計画の作成 3:15 質疑応答、評価、まとめ 3:30 終了 例2:自治体職員向け研修 日数: 1日 目的・内容 障害に関する適切なおよび不適切な用語や表現の重要性について理解を深める 障害の社会モデルと医学モデルを区別することが可能になる 政策や事業の実践が障害の社会モデルおよび障害差別法に合致するかどうかの識別が可能になる 障害者自身の生活管理の支援についての理解を深める 日程 10:00 導入:基本原則と研修の目的 10:30 言葉の重要性:ペアでの話し合いとフィード・バック 11:00 休憩 11:15 障害のイメージ:グループ討議 12:00 力と管理:グループ討議 12:30 昼食 1:30 力と管理:フィード・バック 1:50 自立生活と7つのニーズ:グループ作業 2:20 障害差別法(1995):概略説明と質問 2:45 休憩 3:00 職場における障壁の発見(アクセス、態度、政策) 3:45 評価 4:00 終了 2.障害の社会モデル 「障害のモデル」とは「障害の見方・捉え方」という意味である。「障害の社会モデル」は、国際保健機関(WHO)の国際障害分類などで採用されてきた「障害の医学モデル」への批判として発展してきたモデルである。この批判を受け、WHOも医学モデルの限界を認め、2001年には社会モデルの視点を大幅に取り入れた統合モデルを採択している。 (1)障害の医学モデル 障害の医学モデルとは、「人間として正常(ノーマル)かどうか」という見方を基礎にすることで、「人」を見る対象とし、人間としての異常、つまりを心身の機能的な違いを問題(障害)とし、“異常者(障害者)”を“正常者(健常者)”に近づけることを目標としている。 その特徴は以下になる。障害を個人の問題とし、問題の所在を障害者個人に置くこと。病気が機能障害が引き起こし、それが能力障害が生じさせ、結果として社会的不利が生まれるという線形帰結モデルと呼ばれる見方をすること(図1)。そして、機能回復のためのリハビリテーションを最優先課題とし、「変わるべきは障害者である」とする。医学モデルは「ハンディキャップ」という概念で社会的側面を捉えつつも、その原因は機能障害であるとする線形帰結モデル的見方によって、結局は障害の本質を身体機能という領域に押しとどめ、障害者が直面している最大の課題である不平等や差別そのものを障害として読み解く視点とはならない。社会モデルの批判はこの点にある。 図1 障害の医学モデル 病気・変調 → 機能障害 → 能力障害 → 社会的不利   (Disease)  (Impairment) (Disability) (Handicap) (2)障害の社会モデル 障害の社会モデルは「社会参加の機会が平等で差別がないかどうか」という見方を基礎にすることで、「社会」そのものを見る対象とし、社会の差別的な構造や制度、人間関係を問題(障害)とし、不平等な社会(障害・障壁のある社会)を平等な社会(障害・障壁のない社会)とすることを目標としている。この視点は国連を含めた障害分野の取り組みの国際的な目標である「障害者の社会参加と機会の平等」を直接読み解き取り組む視点となる。 社会モデルは、障害を「身体的差異・機能障害(impairments)のある人のことを全くもしくはほとんど考慮せず、したがって社会活動の本流から彼らを排除している今日社会の在り様によって生み出された不利益または活動の制約」と定義する。つまり、障害とは個人の機能・能力障害ではなく人々の社会参加を阻害する社会の障壁なのである。 医学モデルとの違いは障害の本質を捉える視点である。医学モデルは障害者個人の心身の機能的障害を取り組むべき最大の問題とし、それを解決することがハンディキャップを解決するために優先するとも考えていた。これに対して社会モデルは障害の本質は社会の不平等と差別にあり、それらは機能の回復によってではなく不平等と差別そのものと取り組むことで解決されるべきと考える。次の例を考えてみよう。障害者差別が法律で禁止されそのための支援制度がある国では、重度の障害者が電動車椅子を使い介助者の支援を受け自立した生活を送っているのに対し、そのような制度と政策がない国では軽度の障害者でも教育や雇用への参加が制限されている。これは個人の機能の差が必ずしもハンディキャップの差にはならない事を示している。 しかし、あなたは「それも事実だが、身体機能を回復して自立した方が本人にとってもよりより」と考えるかもしれないが、この論理過程が社会モデルが批判する医学モデルの考え方なのである。それは、社会参加や自立を全ての人の基礎的な権利と考えるかどうかの違いである。医学モデルは、まず障害者が機能的に向上することを優先し、それができない場合にのみ物理的な環境としての社会に目を向ける。医学モデルは自立を人々の権利とすることに反対するものではないが、障害者が社会に参加するには健常者になることが必要である、もしくはそれが“あるべきプロセス”と考える。この“社会復帰”的な考え方は、障害者のままでは社会参加ができないという事実は「受け入れざるを得ない現実」として許容する。 これに対して社会モデルは社会参加と自立は機能的差異に関わらず全ての人が等しく持つ権利であり、それが保障されないことは受け入れることのできない問題と捉える。ゆえに、何よりも先んじてなされなくてはいけないのは、差異を理由に社会参加を制限し差別を生ずるような社会の構造や制度、人々の態度そのものが変わることなのである。ゆえに、社会モデルは障害を社会的なものと捉え、障害の所在も社会にあり、変わるべきは社会であると考える。そして、個人の機能回復ではなく平等な社会への変革を最優先課題と考える。 医学モデルが目指しているのは障害者の機能障害を無くし“健常者”にすることで自立と社会参加を支援する方法である。それは「障害者の社会参加」を支援するのではなく、「障害者が健常者となることでの社会参加」を支援するものであり、「障害者の社会参加」を必ずしも支援せず、社会モデルはこの点を批判する(表4)。 表4 障害の医学モデルと社会モデルの比較 障害の医学モデル 障害の社会モデル 障害とは 個人に起こった悲劇 障害者個人の問題 社会的差別や抑圧、不平等 社会の問題 核 機能回復 権利 価値 均質性・差異の否定 多様性・差異の肯定 視点 障害者のどこが問題なのか 「変わるべきは障害者」 社会のどこが問題なのか 「変わるべきは社会」 戦略 機能的に健常者になることでの自立 統合・同化(障害者が社会に適応する) リハビリテーション 障害者のままでの自立 社会変革・インクルージョン、エンパワメント自立生活運動、権利擁護、 障害者 治療の対象 変革の主体 社会 物理的環境 構造と制度、人々の関係 重要な分野 医療 権利、行政、制度、経験、社会開発、市民運動 社会モデルがもう一つ強調する点は障害者自身の役割である。医学モデルにおいては、障害者は「変わるべき対象」として治療や訓練を「受ける存在」として位置づけられた。障害者自身の主体的な参加を重視する見方もなされてきたが、それは“自身の訓練”に対し積極的に取り組むという意味に限定されている。これに対し社会モデルは障害者を「社会変革の主体」と捉える。障害という課題に直面している障害者自身が当事者として社会を変革する役割を担う力量を有していると考える。ゆえに自立生活運動や権利擁護運動など、障害者自身の社会変革運動が重視される。 最後に 障害平等研修は、「障害者に」ではなく「障害者と社会の関係に」着目している。ゆえに、障害平等研修を日本で実施する場合には、日本の歴史や社会制度、文化や慣習との関連の中で障害を読み解く必要がある。日本における障害(者)の現状と障害者運動の歴史、障害と関連する法律や行政機構、制度やサービス、バリアフリーやアクセスに関する基準などを理解しておく事は特に重要である。 日本においても障害平等研修という名称は使われなくとも、主旨を同じにする取り組みはなされてきた。しかし、従来一般的に行われてきた、車いすに乗って障害の疑似体験をするような障害啓発の取り組みと障害平等研修とは異なるものとして理解されるべきである。その違いは次の5つといえる。 障害を身体機能の問題ではなく権利と機会の不平等という社会の障壁・差別として捉える 障害の医学モデルではなく社会モデルを基礎にする 単なる啓発や表層的な行為の変化ではなく、差別の原因とメカニズムを理解し社会を変えることを支援する 「できないこと」や障害の機能的側面の理解しか強調しない疑似体験を用いない 障害者本人が指導者となる 読み進める上で引っかかるかもしれないと思う点が二点ほどある。 一つは繰り返し「障害平等研修は障害の社会モデルを基礎にする」と説明される点である。初めて「障害の社会モデル」という言葉を聞いた人にはなかなかその意味がつかめないかもしれない。補足にもまとめてあるが、簡潔に言えば障害を障害者個人の身体機能の問題と見る「障害の医学モデル」に対して、障害者に対する差別や機会の不平等という社会の問題として障害を捉えるのが「障害の社会モデル」である。つまり、「障害の社会モデルを基礎にする」ということは、「障害を権利・差別の問題として捉える」ということである。 もう一点、女性や人種的少数者とともに同性愛者が障害者と同じ問題を共有するものとして論じられていることに違和感を覚える人がいるかもしれない。しかし、上記したように障害を権利の問題として捉えると、障害者は差別の問題に直面している全ての人々と同じ問題を共有しているという理解ができる。イギリスでは人種や性差別と同様に同性愛者差別が大きな問題となっており、本書でもそれが反映されている。日本の状況で言えば、在日外国人や同和問題、HIV/AIDSやハンセン氏病などの差別との共通性も重視されることになるだろう。 障害平等研修がイギリスで発展した背景には、障害の社会モデルが形作られたのがイギリスであることも大きいが、同時に他の被差別者の権利運動と共に障害者運動が活発であったこと、加えて、障害者の平等を進めるための政策の推進と反差別法の制定がある。 日本においても障害者差別解消法が制定され、障害を権利や差別の問題として捉える見方は既に広まってきており、その視点を具体的な実践へと結び付けていく障害平等研修の必要性は高いと感じている。研修指導者の育成も必要であろう。 障害平等研修(Disability Equality Training: DET)と障害啓発研修(Disability Awareness Training: DAT)との比較、という言い方でも論じられている。 疑似体験の問題点は以下に詳しい: ADDIN EN.CITE Kiger1992266001992Gary KigerDisability & SocietyDisability Simulations: Logical, Methodological and Ethical Issues7171-78Carfax Publishing Company, part of the Taylor & Francis Group0968-7599http://ejournals.ebsco.com/direct.asp?ArticleID=VLYRXM8QGP5502DB2EGU1992/01/01French19965337French, Sally1996Simulation Exercises in Disability Awareness training; A CritiqueGerald HalesBeyond Disability: Towards an Enabling SocietyLondonSage Publication.Kiger, G. (1992). "Disability Simulations: Logical, Methodological and Ethical Issues." Disability & Society 7(1): 71-78; French, S. (1996). Simulation Exercises in Disability Awareness training; A Critique. Beyond Disability: Towards an Enabling Society. G. Hales. London, Sage Publication. HYPERLINK "http://www.disability-equality.com/" http://www.disability-equality.com/ Makes, Elaine (1994) MIDS-Life Changes: The Updating of the Modified Issues in Disability Scale, in E. Makes & L. Schelsinger (eds.) Insights and Outlooks: Current Trends in Disability Studies, Portland, The Society for Disability Studies and The Edmund S. Muskie Institute of Public Affairs ここで言う“正常”とは、実際には心身のある状態が平均的であるということに過ぎず、“異常”も平均的ではないということに過ぎない。   Union of the Physically Impaired Against Segregation (1975) Fundamental Principles of Disability, n.p., UPIAS. インペアメントが問題ではない、取り組む必要がないといっているのではない。インペアメントと障害との間には原因と結果という直接的な関係は必ずしもなく、それぞれは別の課題として取り組まれるべきであるという視点である。