「未知なる発展可能性をひらく」リハビリテーションのために 西倉 実季(同志社大学) 1.本書全体について ・「未知なる発展可能性をひらく」(序章p.11)というよりは、治療・更生としてのリハビリテーション? ・「道具」の鍛錬は、今まで通りにそれを使用していたら理解することができない「現実」との関係の中でなされる必要があるのではないか? 2.問題なのは社会モデル理解の「矮小化」か? ■社会的障壁と障害者が被る不利益との対応関係が見えやすく、その解決策を提示しやすいケースへの偏り(星加p.24) →「社会モデル理解が陥りがちな陥穽」 ・社会モデルの閉塞は、それを用いた障害学の主張が誰でも知っているお決まりの議論になったときに起こるものであり、社会モデルの浸透にあたってむしろ必然的 ・社会モデルが個人モデルでは得られない洞察・知見をもたらす「発見道具」(川島p.93)としての“活きのよさ”を保つには、新たな対象、新たな問題を主題に据え続ける必要がある ■問題なのは、現状の社会モデル理解が偏っていることよりも(社会モデルが本来持っている可能性が発揮されうる)新たな対象・問題に障害学の視野が開かれていないことではないか? ・社会的障壁と不利益との対応関係が見えにくい問題 ・社会モデルによって焦点化される「社会」が把握しにくい問題 −例)「(アトピー性皮膚炎の症状で)見た目も汚くなるので、職場や学校内では患者を不潔に感じる人もいるでしょう。そうなってくると精神的にも辛くなり、社会生活から一旦離れる事を選ぶ人も出てきます」(困ってるズ!vol.39(2014年2月26日号)より引用) ■本書において、新たな対象・問題を主題に据える(≒未知なる発展可能性をひらく)ことがどの程度なされたと言えるか? 3.広義の「実践性」に向けて ■障害学の実践性(星加 第3~4節) ・狭義:障害者の社会参加の実現や機会平等の達成に貢献すること ・広義:私的・個人的とされてきた困難経験をディスアビリティとして読み換えていくこと ■「困難経験」から「ディスアビリティ」への転換にあたって ・「多くの障害者は、医学モデル、社会モデルどちらの用語であっても、障害者だとみなされたくないと思っている」(Shakespeare & Watson 2002) ・いまだ障害問題の俎上に載せられていない問題の当事者における「障害」という言葉への抵抗感(西倉 2011) ■当事者のアイデンティティ問題 ・当事者が「障害者」にアイデンティファイすることと、研究者がある困難経験を「ディスアビリティ」として記述・分析することは別の問題だとしても、「当事者性」が要請される障害学の実践性を考えるにあたって重要ではないか? ・当事者が中心的な役割を果たすことが不可欠な「制度の障害学」(川島p.104)においても、当事者のアイデンティティ問題は避けて通れないのでは? 4.障害学の批判対象は何か? ■社会モデルとは、インペアメント(普通とみなされていない心身の特徴)とディスアビリティ(社会的不利)を区別したうえで、後者の社会構築性に焦点を合わせる視点(序章p.8) ・機能制約を伴うことが要件でないならば、容貌の特徴などもインペアメントに含めて考えることができる ・英米では、肥満者差別なども障害問題として検討され始めている(Aphramor 2009など) →本書が想定するインペアメントの範囲は? ■社会モデルの適用範囲をどう設定するかによって、障害学の批判対象は変わってくるはず ・機能制約はないが「普通とみなされていない心身の特徴」をもつ人々の社会的不利を考えるにあたっては、「できなくさせる社会」や「できるように強いる社会」(星加p.36)の存在を明らかにしていくだけでは十分ではない −例)「理想的な身体であることを強いる社会」(Hughes 1999) ■マイノリティ・モデル/ユニバーサル・モデル(川島 2008) ・インペアメントに機能制約という要件を加え、障害者と非障害者を二分法的に把握するのか ・インペアメントを誰もが人生のどこかの段階で経験しうるものとして捉え、「障害」の普遍性を主張していくのか ■障害学のアイデンティティ ・「障害学は何のために、どのようなものとして存在する(べき)か」(序章p.3)という問いに応答するには、どちらのアプローチにもとづいて障害学を構築していくのか議論する必要があったのではないか? 引用文献 Aphramor, Lucy, 2009, “Disability and the Anti-obesity Offensive”, Disability & Society, 24(7): 897-909. Hughes, Bill, 1999, “The Constitution of Impairment: Modernity and the Aesthetic of Oppression”, Disability & Society, 14(2): 155-172. 川島聡, 2008, 「障害差別禁止法の障害観――マイノリティモデルからユニバーサルモデルへ」『障害学研究』4: 82-108. 西倉実季, 2011, 「顔の『異形』は障害である――障害差別禁止法の制定に向けて」松井彰彦ほか編『障害を問い直す』東洋経済新報社, pp.25-54. Shakespeare, Tom & Nicholas Watson, 2002, “The Social Model of Disability: An Outdated Ideology?”, Research in Social Science and Disability, 2: 9-28.