REASE公開講座「児童虐待被害者支援策の新展開」 『児童の教育・発達・虐待:経済学の視点』 慶應義塾大学経済学部 赤林英夫 「しつけのため」交際相手の2歳長女暴行、逮捕  2014年06月14日 (The Yomiuri Shimbun, 一部修正)  交際相手の2歳の長女に暴行し、けがをさせたとして、宮城県警は13日、仙台市宮城野区苦竹、建設作業員XX容疑者(32)を傷害の疑いで逮捕した。仙台東署の発表によると、XX容疑者は4日午後7時~5日午前1時頃、自宅で預かっていた同区の女性(20)の長女、YYちゃんの頬をつねり、皮下出血のけがを負わせた疑い。調べに対し、XX容疑者は「しつけのためにやった」と供述しているという。  この講演では、経済学が家族と教育の機能をどうとらえているのか、児童の発育と教育の研究に経済学がどのような貢献をしているのか、そして、児童虐待の発生のメカニズムを経済学的モデルで分析すると何が分かるのか、紹介したいと思います。  経済学はお金の流れや経済成長を分析する学問だと思われている方には、児童虐待と経済学がなぜ結びつくのか、イメージが浮かびにくいと思います。  実は、教育と家族の役割を考えることは、古くから経済学の中心テーマの一つでした。最近でも、家庭の貧困や経済格差が子どもの学習機会に格差をもたらすことで、次の世代に経済格差が伝搬しているのではないか、もっと行政や公教育が積極的に介入すべきではないか、という議論がされています。貧困が虐待の発生と結びついている、という実証研究も存在します。家庭が貧困だとなぜ教育機会が奪われるのか。家族の正常な機能は貧困によってどのように変容してしまうのか。これらを知ることは、児童虐待発生の背景を理解し、防止のための政策を考える上でも出発点となるはずです。  経済学は、教育を金儲けの手段ととらえすぎている、という批判がありますが、教育を与えることが貧困からの脱出に繋がらないのであれば、教育による貧困解消などそもそも不可能です。教育はお金のためだけのものではありませんが、最低限、その人の就労機会を増やし、所得の上昇が期待できるようなものでなくてはなりません。  近年、分野を超えた共同作業を通じ、子どもの知的能力や心的能力がどのように発達し、成人後の所得にどの程度結びつくのか、その格差拡大を抑えるための教育として何が効果的なのか、研究が進んできました。しかし、教育政策だけで経済格差が解消されるわけではありません。特に、幼児期の子どもにもっとも大きな影響を与えるのは家族であり、親です。では、愛情をもって子どもを育てるはずの親がなぜ虐待までするのでしょうか?  虐待の理由や背景はさまざまで、すべてを一つの型に当てはめることは危険ですが、ここでは、子どもに愛情をもつ親でも、「しつけ・教育のつもり」で虐待をしてしまうケースについて、その発生メカニズムを考察します。児童虐待の研究では、虐待のリスクのある親の特徴の一つに、「子どもの発育に関する知識が不足しており、子どもに過大な期待を抱く傾向」があることが知られています。「しつけのつもり」というのは、虐待をする親の言い訳ととして見なされがちですが、子育ての知識に欠ける親は、本当にしつけのつもりで虐待に至ってしまうのかもしれません。この講演では、経済学的モデルに基づいた虐待発生プロセスのシミュレーション結果を示し、それを踏まえた上での虐待防止策について、議論したいと思います。