マッセ OSAKA 研究紀要 第16号 平成25年3月 公益財団法人 大阪府市町村振興協会 おおさか市町村職員研修研究センター 特集 児童虐待防止への対策と支援 子ども虐待の現状と課題 関西大学人間健康学部 教授 山縣 文治 市町村の児童家庭相談体制の現状と課題、方向性 関西学院大学人間福祉学部 教授 才村 純 要保護児童対策地域協議会 ~機能するための要件・ファミリーソーシャルワークの視点~ 流通科学大学サービス産業学部サービスマネジメント学科 教授 加藤 曜子 児童虐待の予防~保育所・幼稚園・学校が出来ること 種智院大学人文学部 助教 近棟 健二 虐待する親の回復支援の視点 ~MY TREEペアレンツ・プログラムの実践から~ エンパワメント・センター 主宰 森田 ゆり 自治体の事例(大阪府・茨木市・枚方市・三重県いなべ市) 子ども虐待防止と支援の課題―実践を通して感じること 淑徳大学総合福祉学部社会福祉学科 教授 柏女 霊峰 大阪府内市町村の取組みデータ集 ◆平成24年度公募論文 <最優秀賞受賞論文> 自治体における情報公開制度の現状と受益者負担の在り方 -情報公開手数料についての一考察- 泉佐野市総務部総務課 道井 渉 <最優秀賞受賞エッセイ> 「笑顔」が一番! キャリアデザインと今までの経験から学んだコト 貝塚市健康福祉部 兒玉 和憲 子ども虐待防止と支援の課題-実践を通して感じること 淑徳大学総合福祉学部社会福祉学科 教授 柏女 霊峰 〈プロフィール〉かしわめ れいほう  淑徳大学総合福祉学部教授・同大学院教授。臨床心理士、石川県少子化対策担当顧問、浦安市子育て支援担当専門委員、日本子ども家庭総合研究所子ども家庭政策研究担当部長。  これまで、日本子ども家庭福祉学会会長、日本社会福祉学会機関誌編集委員、日本子ども虐待防止学会評議員、厚生労働省社会保障審議会児童部会委員・専門委員会委員長、内閣府障がい者制度改革推進会議総合福祉部会構成員、内閣府子ども・子育て新システム検討会議幼保一体化WT委員、社会福祉士試験委員会副委員長、東京都児童福祉審議会副委員長、千葉県社会福祉審議会専門委員会委員長等を歴任。  現在、厚生労働省社会保障審議会専門委員・社会的養護専門委員長、東京都児童福祉審議会専門部会長など。  近著(単著)として、『子ども家庭福祉サービス供給体制』中央法規2008,『子ども家庭福祉・保育の幕開け-緊急提言平成期の改革はどうあるべきか』誠信書房2011,『子ども家庭福祉論[第3版]』誠信書房2013など。  研究テーマは、子ども家庭福祉学、子ども家庭福祉サービス供給体制のあり方研究。 1.子ども虐待防止のための取組の経過と本稿の趣旨 現在につながる子ども虐待が注目を集めるようになったのは、平成時代になってからである。わが国が経済的に豊かになり、プライバシーが確保された快適な社会を手に入れるのと引き換えに、私たちは、地域における人と人とのつながりという財産を失っていった。そうした社会に登場したのが、これまでの精神病理や家族病理に加えて、子育ての孤立や子育ての負担感の増加、手間隙かけることを厭う社会、倫理観の劣化といった新たな社会病理に基づく虐待であった。 厚生労働省は、平成2年度から、全国の児童相談所を通じて子ども虐待の統計数値の把握を開始した。子育ての負担が生み出す出生率の継続的低下と反比例するかのように、子ども虐待は増加を続けた。こうして、平成6年にわが国が子どもの権利条約を締結したこととも相俟って、平成8年の厚生省による国庫補助事業「児童虐待ケースマネージメントモデル事業」に端を発する子ども虐待防止の新しい施策が開始されることとなったのである。そして、この動向は、平成12年の児童虐待の防止等に関する法律の制定へとつながり、子ども虐待防止への取組は本格化していく。 その後の経過※1としては、平成13年に配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律が制定され、それを受け、平成16年の児童虐待の防止等に関する法律の改正により、子どもによる配偶者暴力の目撃を、心理的虐待の定義に加える等の改正が行われた。また、同時に、児童福祉法改正により、市町村を児童相談の第一次的窓口として位置づけ、要保護児童対策地域協議会(以下、「要対協」)を法定化する改正も行われた。当時、筆者は厚生労働省の児童虐待の防止に関する専門委員会委員長としてこの法改正に深く関わった。ちなみに、要対協は、英国の子ども虐待登録・支援システムである地区チームをモデルとしたものであった。 さらに、平成19年の児童虐待の防止等に関する法律改正並びに児童福祉法改正においては、要対協設置の努力義務化や未成年後見人請求を行っている間の親権代行、正当な理由なく立入調査を拒否した場合の罰則強化、出頭要求や家庭内臨検・子どもの捜索の制度化などが創設された。 続いて平成23年には、民法等の一部を改正する法律の成立により積年の課題であった親権の一時停止制度の創設や未成年後見制度の改正、子どもの最善の利益確保のための児童福祉施設長の権限の強化等の措置が創設され、平成24年度から施行されている。これらにより、子ども虐待に対する制度的な進展がかなりみられている。 平成24年には子ども・子育て関連3法が成立し、地域子ども・子育て支援事業の充実が図られて市町村における子ども虐待防止の可能性が広がるとともに、今後、後述する「社会的養護の課題と将来像」が実施されていくことにより、被虐待児童の養育・支援も強化されることが期待されている。 このように、制度的にはかなりの進展を見せた子ども虐待防止であるが、その内実はまだまだ不十分である。また、内実を充実していくためには、乗り越えなければならない子ども家庭福祉行政の実施体制上の構造的な課題が横たわっていることも事実である。 本稿においては、筆者のこれまでの政策の立案や検証実践をとおしてみえて きたことを中心に論考を進めることとしたい。運営上の課題については、主として子ども虐待死亡事例検証から学ぶべき点が多く、その点については次項で触れる。また、続いては、子ども家庭保健福祉の構造的課題等に焦点を当てて、筆者の国、地方自治体等における政策立案の経験をとおして考察を進めていくこととする。 ※1 子ども虐待制度改革を含む平成期の子ども家庭福祉制度改革の詳細については、拙著『子ども家庭福祉・保育の幕開け-平成期の改革はどうあるべきか』(誠信書房,2011)に詳しい。 2.子ども虐待死亡ゼロをめざして (1)子ども虐待死亡事例が問いかけるもの 「病院から保護の怠慢(ネグレクト)で通告を受けた児童相談所が、安全確認のため家庭訪問をしたが拒否された。一方、近隣から度重なる子どもの泣き声通報を受けていた警察は、チラシを配布するなどしてその家をようやく特定し、訪問したが、虐待の事実は確認できなかった。両者の情報が突合わされることなく時が過ぎ、やがて、家にとり残されていた3人の幼児のうち、第3子が脱水をともなう著しい低栄養のため死亡した。」 この事例は、平成21年7月、筆者が委員長をしていた厚生労働省社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会が公表した「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について-第5次報告」に掲載された事例である。 平成16年10月に開始された第1次検討から第8次報告(平成24年7月)まで751人の子どものいのちが喪われた。これは、1年間に120人強の幼いいのちが子ども虐待によって奪われていることを意味する。親子心中を除けば、年間60人強で推移しているのである。 このなかには、先の事例のように、市町村や児童相談所等の関係機関が関わっていながら救えなかったいのちのほか、誰にも知られることなく終えたいのちも含まれている。第1次から第4次までの死に至るリスクについては筆者が専門委員会委員長当時にまとめているが、それを改訂した第8次報告に掲載された死亡事例の分析からいえる虐待死につながるリスクは表1のとおりである。この一つひとつをクリアできる運営体制の整備が求められているのである。子ども虐待をゼロにすることは困難かもしれない。しかし、虐待による死亡は、国民、関係者の努力によってゼロにすることができる。751人の子どもたちがいのちの代償として大人に残した課題に、真摯に向き合うことが必要とされているのである。 表-1 子ども虐待による死亡事例等を防ぐために、これまでの報告にみられたリスクとして留意すべきポイント 出所:社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会 「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」第8次報告,2012 (2)具体的対策例 筆者は専門委員会第5次報告まで委員長代理、委員長を務めたが、この間、死亡事例検証から様々な課題を実感することができた。具体的には、援助体制の課題として、アセスメントや援助計画の不十分さ、組織的進行管理の不十分さ、連携・情報伝達の不十分さなどが挙げられる。また、援助観の問題として、親子に寄り添うべきという伝統的援助観がもたらす危険性も指摘できる。その理念は大切にしつつも、「子どものいのちを守りきる」という強固な信念のもと、親子関係に対する強力な法的介入も必要とされる。子ども虐待担当者に、配偶者暴力の心理に対する理解不足がみられることも一因となっていた事例もあった。医療機関や教育機関の理解不足もみられた。 そして、それらの課題の根底には、わが国における子育て支援サービスの未整備、ネットワークの不備、社会的養護体制の貧弱さといった制度的課題が横たわっていた。さらに、子ども家庭福祉サービス供給体制における都道府県と市区町村の分断という構造的問題も指摘しておかねばならない。都道府県(児童相談所)と市区町村の狭間の不整合が、死亡事例を生み出していることも指摘できる。 なお、当面は、都道府県と市区町村それぞれの子ども虐待対応マニュアルを整合化させること、子ども虐待のアセスメントのために都道府県、市区町村が共通のツールを用いて事例を積み重ねていくこと、市区町村の要対協に都道府県が参画し実効性を上げることなどが重要とされる。要対協は参加機関に係る罰則付き守秘義務の法定化により民間機関との協働が可能であり、かつ、調整機関による情報の一元化と役割分担、関係機関に対する情報等の提供依頼等が可能であるなどその意義は大きい。年末やお盆期間中に子どもが自宅に帰省する場合には、児童相談所や施設からその情報が確実に市区町村に伝えられ、保健師や保育所の担当保育士、学校の教員等が子どもの顔を見に訪問できる体制等を確保することが求められる。 3.母子保健と子ども家庭福祉の切れ目の克服に向けて 子ども虐待死亡事例検証報告によると、特に出生まもなくの死亡事例の保護者にみられる特徴として、妊娠届が未提出、母子健康手帳が未発行、自宅分娩、妊婦健診・乳幼児健診が未受診など、妊娠期から周産期に至る多くの課題が指摘されている。それは、一言でいえば望まない妊娠、予期しない妊娠・出産が子ども虐待による死亡事例に結びついていることを示している。そして、それは、平成19年5月から運用が開始された「こうのとりのゆりかご」に、平成24年3月までに預け入れられた83人の子どもたちや保護者の状況にも近似している結果であった。 こうしたことから、子ども虐待による生後間もない子どもの死亡を予防するためには、妊娠期からの支援を必要とする家庭の早期発見のための方策や、望まない妊娠について悩む者への相談体制の充実が必要とされる。また、望まない妊娠、予期しない妊娠を予防するための方策や、相談をしやすい体制づくりの整備、相談先の周知徹底などの対策を強化することが必要とされる。 厚生労働省は、妊娠期からの子ども虐待防止を進める通知である平成23年7月27日付雇児総発0727第1号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長・家庭福祉課長・母子保健課長連名通知「妊娠期からの妊娠・出産・子育て等に係る相談体制等の整備について」の発出を行っており、今後、妊娠期からの子ども虐待防止が進められていかなければならない。 さらに、より根本的には、生まれてからの子どもの福祉や子ども虐待防止を図る児童福祉法や児童虐待の防止等に関する法律と、妊娠、出産をはじめ母子の健康を目的とする母子保健法の理念や体系との間に切れ目があることが課題とされ、今後、予期しない妊娠や出産への対応と周産期の支援体制の整備について、切れ目のない支援ができる法体系のあり方について検討すべきである。このことは、こうのとりのゆりかご検証会議報告書(柏女霊峰座長)でも指摘されており、同会議※2では、妊婦が受診した医療機関から市町村に対する妊娠・出産届出制度の是非等についても検討すべきとしている。 なお、東京都多摩市※3においては、周産期医療機関をはじめとする関係諸機関のネットワークにより特定妊婦の早期発見・早期支援を図るとともに、要保護児童対策地域協議会に特定妊婦支援チームを構成して総合的な支援を進め効果を上げている。こうした先進事例にも着目したい。 ※2 こうのとりのゆりかご検証会議編[2010]『「こうのとりのゆりかご」が問いかけるもの-いのちのあり方と子どもの権利-』明石書店 pp.213-214 ※3 東京都児童福祉審議会[2012]『虐待から子どもたちを守るために-地域・関係諸機関における対応力のさらなる強化に向けて-』p.36 4.行政実施体制上の切れ目の克服に向けて (1)二つの大きな課題 子ども虐待防止の実効性を上げるための最大の課題は、子ども家庭福祉行政実施体制の再構築にある。検討すべき課題は大きく2点ある。その第一は、都道府県と市区町村とのサービスのトレードオフ関係の解消であり、第二は、保健福祉領域を所管する首長部局と教育領域を所管する教育委員会部局との分断の解消である。この2点の分断が死亡事例の大きな要因となっており、それらの事例、つまり児童相談所と市町村とのキャッチボール、学校と福祉機関との連携不足による子どもの死は、枚挙にいとまがない。 権限、財政負担いずれにおいても、入所サービスが都道府県、在宅サービスが市町村という現行のシステムでは、都道府県、市町村ともにそれぞれの責任範囲のサービスを充実させるインセンティブが働きにくく、その結果、両サービスとも不足しがちとなる。いきおい市町村は早期の一時保護を望み、また、都道府県は在宅での支援を望み、その結果、子どもが隙間に落ちていのちを喪ってしまうである。また、教育委員会という一種の独立国の存在が福祉の介入を排斥しがちとなり、両システムの境目に子どもが落ちてしまうのである。 (2)子ども家庭福祉行政実施体制の一元化を 現在の子ども家庭福祉行政基礎構造の特徴は、1サービスの財源と実施主体が制度ごとにバラバラであること、2社会的養護は都道府県、保育・子育て支援は市区町村と実施主体が不整合であること、3財源不足のためにいずれのサービスも小粒であること、である。このために、サービス間にトレードオフ関係が起こり、縮小均衡が続くこととなる。 これを克服し、子ども家庭福祉の維新を迎えるためには、現在の子ども家庭福祉行政の基礎構造を変えていくことが必要とされる。すなわち、1子育て財源の統合を図り(特に、都道府県と市区町村とのトレードオフ関係の解消)、2実施主体、財源について市区町村を中心に一元化し、3すべての子どもを対象とする包括的なシステムを創設し、4子育て財源の大幅増加を図ることが必要とされる。そのことが、切れ目のない支援をもたらすこととなる。この検討のなかで、メリットよりもデメリットの方が大きくなりつつある教育委員会システムそのものの存在意義についても、真剣に論ずる時期に来ていると考えられる。 具体的方策としては、社会的養護も含めて市区町村を主体とする行政実施体制を構築することが最大の課題となる。その際には、1市区町村が入所の決定を行うに当たって児童相談所の意見を聴取すること、2困難事例においては、市区町村から都道府県の児童相談所に援助依頼、事務委託を行うなどのシステム化を図ること、3市区町村が児童相談所の支援により個別の援助指針の策定等を行い、費用負担も行うこと、4児童相談所を市でも設置できるようにすること、5たとえば、学校教育審議会を首長部局に設置して、教育内容に関する事項については首長が審議会結果を尊重する規定を制定、そして首長が政策を総合的に実施していくことにより、市区町村中心の体制を創り上げていくこと※4。6権利擁護システムとして、高齢者虐待、障がい者虐待、子ども虐待、配偶者暴力、いじめ対応のシステム統合が検討されるべきである。 ※4 これらに関する詳細な考察については、柏女霊峰[2008]『子ども家庭福祉サービス供給体制-切れ目のない支援をめざして』中央法規、柏女霊峰[2011]『子ども家庭福祉・保育の幕開け-緊急提言平成期の改革はどうあるべきか』誠信書房などに詳しい。 5.子ども・子育ての新制度と子ども虐待防止 (1)子ども・子育ての新制度と障がい児童福祉、社会的養護 平成24年8月に公布された子ども・子育て関連3法は、いわゆる介護保険モデルを子ども・子育て分野に適用するものといってよい。これに、幼保の一体化が加わる。つまり、新制度には、不十分ながら、1職権保護中心から契約の導入へ、2施設中心(保育所)から施設と在宅サービス(子育て支援サービス)のバランス確保へ、3事業主補助中心から個人給付の導入へ、4税中心から社会保険の活用へ、5福祉と教育の統合・連携へ、といった方向を確認することができる。 これは、行政実施体制と財源の一元化、財源の強化と有効活用に寄与する施策として評価されるが、一方で、新制度の狭義の枠組は要保護児童福祉、障がい児童福祉分野を包含しておらず、これらのシステムとの分断は続くこととなる。厳しい言い方をすれば子ども・子育て支援法は100人のうちの99人のためのシステムであり、そこからはじかれる1人は別制度、別財源で対応することとなる。そのことは、一見、弱者に手厚い保護を行うという意味では適しているかのようであるが、前述したように施策のトレードオフ関係を生み出すこととなり、何より99人のためのシステムから1人を排除する方向に政策が動く必然性を生み出すこととなる。 例えば、障がい児童福祉についていえば、新制度において幼保連携型認定こども園や放課後児童クラブが整備されても障がい児童に配慮するための財源はわずかしか用意されておらず、障がい児福祉財源で児童発達支援センターや放課後デイサービス等が充実されれば、結果的に、障がい児童は障がい児固有のサービスに固定化されることとなる。子ども虐待防止においても、地域子ども・子育て支援事業の充実により在宅支援が強化される可能性はあっても、一時保護後は市区町村の持ち出しはゼロとなって都道府県が施設サービスで対応することとなるため、結局は両制度の隙間は続き、また、前述した両サービスの縮小均衡が続くことが懸念される。 これらに対応するためには、障がい児童福祉については、1一般施策における障がい児支援の拡充を図ること、例えば、施設型給付として「障がい児保育給付」の創設を図ること、2障がい児童に固有の施策と新制度との乗り入れを進めること、3新制度において創設されるサービスを障がい児童とその保護者も可能な限り利用できるようにすること、などが必要とされる。また、社会的養護に関しても、1幼保連携型認定こども園を含む保育サービスにおける福祉的視点を担保すること、2社会的養護サービスの地域化を進め、保育・子育て支援システムとの一体化を進めること、3社会的養護に固有の施策と新制度との乗り入れを進め、サービスの計画的整備や切れ目のない支援の確立を図ることが必要とされる。 (2)「社会的養護の課題と将来像」の展開 都道府県施策である社会的養護に関しては、平成23年7月に、筆者が委員長を務めている社会保障審議会児童部会社会的養護専門委員会が「社会的養護の課題と将来像」を策定している。社会的養護のあり方に関しては、これまでも社会保障審議会児童部会や専門委員会でいくつかの方向性が打ち出されてきた。特に、今回の将来像策定のもとになった提言としては、平成15年の社会保障審議会児童部会報告書「児童虐待への対応等要保護児童及び要支援家庭に対する支援のあり方に関する当面の見直しの方向性について」がある。 平成23年の報告は、全世代型社会保障実現の一環として、子ども・子育て新制度の実現とともに社会的養護の充実をめざすものである。報告書では、社会的養護の質・量の拡充、職員配置基準の拡充や家庭(的)養護(里親・ファミリーホーム委託を社会的養護の3割以上にすること、施設の小規模化、ユニット化等)のほか自立支援の推進などが提言されている。特に、施設養護の割合を全体の3分の2とし、その半数を地域小規模児童養護施設等のグループホーム、残りの半分をオールユニット化された本体施設とする構想は画期的である。これに伴い、施設は、子どもの養育・支援と同時に、家庭養護の支援を図る機能を具備することが求められることとなる。この方向は社会的養護のもとにいる子どもたちの生活の質の改善に寄与するとともに被虐待児童の養育・支援にも有効と考えられ、後戻りすることなく進めていかねばならない。 6.行政と民間の協働 これまで述べてきたことは、主として行政施策に関する事柄である。しかし、子ども虐待防止は行政レベルの施策の強化だけでは限界がある。子ども、子育て家庭の地域生活にまで踏み込んだきめ細かなサービスの展開が必要とされ、そのためには、民間サイドのサービスとの協働関係の確立が必須であり、大きく2つの手法があると考えられる。第一は、公民の協働体制を地域のなかに作り上げることであり、第二は、行政がカバーできないニーズに対応する具体的民間サービスを創り上げることである。 (1)子ども虐待防止条例の制定 筆者は、平成23年度に、「浦安市の子どもをみんなで守る条例」の素案作成に関する委員会の委員長を経験した。条例は、かの東日本大震災で大きな被害をこうむった浦安市の子どもたちや子育て家庭を支援することを目的として、公民の協働をめざす条例として策定されたものである。条例の構造は図-1のとおりである。また、条例制定の趣旨を示す「前文」は、以下のとおりである。『子どもは未来への希望である。/子どもの健やかな成長と明るい笑顔は、より 豊かで幸せな未来へ向かって歩みを進める私たち浦安市民の希望の象徴である。/しかし、近年、子どもを取り巻く環境が大きく変化し、児童虐待、いじめ、ひきこもりなどの事象が社会問題となり、中でも児童虐待は、子どもの命の尊厳を脅かし、心身の発達や人格の形成に重大な悪影響を及ぼす著しい人権侵害であるといえる。/本市でも、子育て家庭の孤立などを要因として、児童虐待が増加し、子どもの命が危険にさらされる事態が発生している。 私たちは、何よりも大切な子どもの命を守っていかなければならない。そのためには、児童虐待の防止に加え、児童虐待を未然に防ぐための子育て支援に地域と行政とが一体となって取り組むことが必要となる。/そして、この地域と行政とが一体となって取り組む重要性は、本市に未曽有の災害をもたらした東日本大震災において、命の尊さや人と人の絆の大切さとともに改めて認識された。/私たち浦安市民は、この浦安で子どもを育てた保護者と愛情深く大切に育てられた子どもが、「このまちで育ててよかった、このまちで育ってよかった」と思うことができる未来であるように、地域と行政とが力を合わせ、かけがえのない存在である子どもを児童虐待から守り、その人権を擁護するとともに、児童虐待を予防するために子育て家庭を支えることを決意し、この条例を制定する。』この条例の大きな特徴の一つは、第5条において、保護者に対して、子ども のために子育てのSOSを発信する責務を課していることである。そして、それに気づいた市民や民間団体、行政がそれぞれ協働しつつ、それを受け止め、必要な支援を行う責務を規定していることである。具体的な施策の充実はこれからであるが、現在、保護者用、子ども用のパンフレットを作成しつつ、啓発活動を進めている。こうした取組みがもっと進められていく必要があると感じている。 子ども虐待に対する行政や専門機関の対応が充実しても、虐待された子どもがそこにつながらなくては意味がない。また、虐待を予防する子育て支援サービスを充実することも必要である。通告とは、悩み苦しむ家族を援助のルートにつなげる手段であり、決して親を告発することではない。 一方、子育て中の親たちに対しては、子育てを応援するために用意されている各種のサービスを上手に利用して、ゆとりのある子育てを勧めたい。ひとりで完璧な子育てをしようと思わないで、プロの手もサービスも上手に利用しながら子育てをすることが大切である。このことが心身のゆとりを生み出し、結果として子どもの虐待防止につながっていくこととなる。親子の絆は親子だけではもつれてしまいがちであり、第三者の手助けにより、もつれた糸の紡ぎ直しも容易になる。そのためには、各種子育て支援サービスを地域に幅広く用意していくことが大切となるであろう。※5 図-1 「浦安市の子どもをみんなで守る条例」のチャート図 出所:浦安市,2012 ※5 筆者が顧問をしている石川県では、子育て家庭が身近な保育所をマイ保育園として登録し、一定の研修を修了した子育て支援コーディネーターとともに子育て支援プランを作成しつつ子育てを行う事業を進めている。また、子育てに悩む家庭の「ママ・パパ子育て応援BOOK」として『抱きしめてあげたい-あなたは一人じゃない、大丈夫-』(ママ・パパ子育て応援BOOK編集委員会編,石川県2012)を編集、配布している。 (2)公民協働による具体的サービスの展開 公民協働による具体的サービスの展開も必要とされる。例えば、地域子ども・子育て支援事業でも法定化されている公的サービスとして養育支援訪問事業があるが、家事援助や傾聴支援まではなかなか実施できず、これらに関しては、民間の自主的事業であるホームスタート事業等が力を発揮することとなる。 前述した、こうのとりのゆりかごが対応している「望まない妊娠、予期しない妊娠・出産に対する支援」も、既存の公的支援の充実のみでは困難である。こうのとりのゆりかごの最大の特徴である「匿名性」は、親にとっての相談しやすさという利益と子どもにとって出自が不明となる不利益の二面性を持つ。そして、そのそれぞれを可能な限り保障すること、つまり、「親が身近な者に知られず、かつ、子どもの育ちや将来に必要な情報は確実に収集できる仕組み」※6として整備されることが必要とされる。すなわち、当初は匿名で保護し、その後の面接や調査等により時間をかけて預け入れ者の気持ちに寄り添いつつ信頼関係を構築し、子どもの利益のためにも、可能な限り実名化を図っていく対応が必要とされているのである。 こうした対応は、公的サービスではなかなか困難である。このようなニーズに対しては、相談や危機対応の機能を伴うこうのとりのゆりかごのような、1子どもの遺棄の防止、2出産にまつわる緊急避難、3周産期の親の精神的混乱による子どもの犠牲を防止する一時保護という3点を保障する機能が、民間機関によって全国レベルで整備されることが必要である。こうのとりのゆりかご検証会議最終報告書※7は、具体策として以下の2点を提言している。すなわち、 『1「匿名で相談ができ、一時的に母子を匿名のまま緊急保護し、短期の入所 も可能な設備を備えた施設」が、全国に一定箇所整備され、そこを中心にネットワークが形成されることが必要である。その場合、医療機関での整備が望ましく、それを公的に支援する形が期待される。さらに、相談業務についても、現在、慈恵病院で実践されているようなノウハウを一つのモデルとして、全国の公的な相談機関でも実践することを検討していく必要がある。また、すべての周産期医療機関のソーシャルワーク機能を向上させる必要がある。 2公的相談機関の技能の向上を図り、どの地域でも実践できる技能が持てるようになるため、国において、「妊娠・出産・母子の保護に関わる連携の拠点となるナショナルセンターとしての機能を果たす組織」の創設を検討されることが必要である。』としている。 つまり、「周囲に知られないで妊娠・出産について相談し、場合によっては、匿名のまま母子の保護ができる、一時的に母子を匿名のまま緊急保護し、短期の入所も可能な設備を備えた施設」ともいうべきシェルターが全国に一定箇所設置される必要があり、その場合、民間の医療機関での整備が望ましく、それを公的に支援する方式が期待されるとしている。そのうえで、国において、「妊娠・出産・母子の保護に関わる連携の拠点となるナショナルセンターとしての機能を果たす組織」の創設を検討すべきと提言しているのである。こうした公民の補完関係を重視した協働も必要とされる。 ※6 こうのとりのゆりかご検証会議編[2010]『「こうのとりのゆりかご」が問いかけるもの-いのちのあり方と子どもの権利-』明石書店 p.207 ※7 こうのとりのゆりかご検証会議編[2010]前掲書 pp.226-227 7.子ども虐待防止の課題 ここに述べてきたほか、子ども虐待防止の課題には様々なものがある。例えば、公民のネットワークの強化や司法との連携による介入を希望しない保護者に対する援助の強化、市区町村・児童相談所・児童福祉施設などの専門機関・施設の体制強化などが強く求められている。また、あわせて、本稿に触れることはできなかったが、親と子ども両方に対する予防教育、被虐待児童や虐待するに至った親の心理的・社会的ケアに対する各種プログラムの開発と普及なども必要とされている。子ども虐待に対応するソーシャルワーカーなどの専門職員に対する支援も必要とされる。 子ども虐待の援助者は、子の権利と親の権利という両側の谷の間の細い尾根道を縦走する登山家にもたとえられる。家庭に対する介入が手ぬるいと子どもの権利侵害・生命の危険を招き、反対に、子の権利を尊重した家庭への過度の介入は親の権利の侵害をもたらすこととなる。制度がその狭間で揺れるのと同様、担当者もその狭間で揺さぶられ続けるのであり、その狭間の尾根を歩む専門家・担当者の苦労や葛藤、負担は計り知れないものがある。それは、子ども家庭福祉に携わる行政担当者、専門職の宿命ともいえる。 しかし、専門職の宿命であるからといって現状のままでよいというわけではない。現状は、子の権利と親の権利との間の尾根道は狭く、また、道の整備も不十分である。このため、担当者は縦走に大きな困難を感じ、疲れきってしまう。まず、尾根道を拡充し、整備することが必要である。尾根の縦走が宿命であるにせよ、担当者がその職務を全うできるよう、制度的支援が図られなければならない。と同時に、担当者自身も、尾根道を縦走する技術をさらに磨かねばならない。さらに、尾根道を縦走する登山家、すなわち子ども虐待に対応する専門家やボランティアなどを増やしていくことも必要とされる。 子ども虐待は、その数が多いから問題なのではない。その影響が深刻だから問題なのである。子ども虐待に対する制度的支援と臨床的支援、社会的支援が、今もっとも求められているのである。 おわりに-これからの子ども家庭福祉の座標軸 子ども虐待や死亡事例の増加は、私たちに多くのことを問いかけた。こうした問題の社会的な背景には、子育てを含め人々が孤立化している状況がある。さらに、貧困や社会的排除、ジェンダーの問題なども指摘でき、まさに、この社会の負の側面の縮図が展開されているといってよい。 もともと我が国は、個人の自立より集団の秩序維持を優先する国民性を有していた。これに対し、戦後、特に個人の自立や尊厳を第一に考える価値観が広がり、いわゆるソーシャルキャピタル(社会関係資本)の弱体化と相まって、人々の孤立が進んでいくこととなった。つまり、古いしがらみ、つながりから解放された反面、新しい連帯が創れず孤立化が進んでいるのである。子ども虐待の増加や死亡事例は、こうした社会が生み出したものということもいえる。個の自立を前提として、その人たちが緩やかにつながる新しい連帯のかたちが求められているのである。SOSを出すことのできる、そして、それを受け止めることのできる社会が必要とされている。 これらを考慮すると、これからの子ども家庭福祉の理念に深く関わる座標軸は、以下の4つである。第一は、「子どもの最善の利益」であり、第二は、それを保障するための「公的責任」である。第三は、人と人とのゆるやかなつながりを目指す「社会連帯」である。そして、最後に、「子どもの能動的権利の保障」、すなわち、子どもの権利に影響を与える事柄の決定への参加の保障があげられる。このいわゆる公助と共助の視点に、市場に基づくサービス供給体制の多元化をどのように組み込んでいき、かつ、社会的排除(ソーシャル・イクスクルージョン:socialexclusion)をなくしていくことができるかが検討課題となる。つまり、公助、共助、自助の最適ミックスによって社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン:social inclusion)を実現する社会のありようが、最も必要とされているのである。 子ども家庭福祉において、子どもの最善の利益を図る公的責任は必須である。そのことは、これまで述べてきたとおり、近年の子ども虐待問題の深刻さをみれば明らかである。しかし、その一方で、公的責任のみが重視されることは、人と人とのつながり、社会連帯の希薄化をますます助長することとなり、公的責任の範囲は限りなく拡大していくこととなる。また、公的責任の下におかれている子どもの存在を、社会全体の問題として考える素地を奪ってしまうことにもつながる。 全国社会福祉協議会が平成22年12月に策定した『全社協福祉ビジョン2011』は、「現在の福祉課題・生活課題の多くは、つながりの喪失と社会的孤立といったことと関わりが深く...」と認識し、制度内の福祉サービスの改革とともに制度外の福祉サービス・活動の開発・展開を主張している。インクルーシブ(包摂的)な社会の確立が求められているのであり、そのことが子ども虐待防止対策を真に効果的にしていくのである。子ども虐待防止を考えることは、まさに、この国や社会のあり方そのものを問うことでもあるのである。 引用・参考文献(順不同) 1)柏女霊峰編著[2001]『児童虐待とソーシャルワーク実践』ミネルヴァ書房 2)柏女霊峰・才村純編[2001]『別冊発達26 子ども虐待へのとりくみ』ミネ ルヴァ書房 3)柏女霊峰編[2001]『児童虐待とソーシャルワーク実践』ミネルヴァ書房 4)柏女霊峰編著[2005]『市町村発子ども家庭福祉』ミネルヴァ書房 5)柏女霊峰[2008]『子ども家庭福祉サービス供給体制-切れ目のない支援をめざして』中央法規 6)柏女霊峰[2011]『子ども家庭福祉・保育の幕開け-緊急提言 平成期の改革はどうあるべきか』誠信書房 7)柏女霊峰[2013]『子ども家庭福祉論[第3版]』誠信書房 8)才村純[2005]『子ども虐待ソーシャルワーク論』有斐閣 9)厚生労働省社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会『子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について』第1次報告-第8次報告 10)社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会[2008]『第1報告から第4次報告までの子ども虐待による死亡事例等の検証結果総括報告の概要』 11)こうのとりのゆりかご検証会議編[2010]『「こうのとりのゆりかご」が問いかけるもの-いのちのあり方と子どもの権利-』明石書店 12)熊本市要保護児童対策地域協議会こうのとりのゆりかご専門部会[2012]「こうのとりのゆりかご」検証報告書 13)社会保障審議会児童部会[2003]『児童虐待への対応など要保護児童及び要支援家庭に対する支援のあり方に関する当面の見直しの方向性について』 14)社会保障審議会児童部会社会的養護専門委員会[2007]『社会的養護体制の充実を図るための方策について』 15)社会保障審議会児童部会社会的養護専門委員会[2011]『社会的養護の課題と将来像』 16)浦安市[2012]『浦安市の子どもをみんなで守る条例』 17)石川県[2008]『児童虐待の早期発見対応指針及び保護支援指針における運用マニュアル』 18)ママ・パパ子育て応援BBK編集委員会編[2012]『抱きしめてあげたい-あなたは一人じゃない、大丈夫-』石川県 19)東京都児童福祉審議会[2012]『虐待から子どもたちを守るために-地域・関係諸機関における対応力のさらなる強化に向けて-』 20)全国社会福祉協議会[2010]『全社協福祉ビジョン2011』