私たちは何を語り,何を語っていないのか ―「児童虐待」問題を解体する― 2014年7月12日(土) 於,東京大学本郷キャンパス REASE公開講座「児童虐待被害者支援策の新展開」 D:\Rosa\Documents\dada\My Dropbox\アカデミズム\打打メモ\名刺づくり\twitter:RyoUchida_RIRIS.jpg twitter 報告者: 内田 良(名古屋大学大学院・准教授,教育社会学) E-mail: D-tail:[学校リスク研究所] http://www.dadala.net/ [Yahoo!ニュース個人] http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/ twitter: @RyoUchida_RIRIS 【本報告の構成】 T.私たちは何を語り,何を語っていないのか ―自己紹介に代えて U. 「虐待」は誰が語っているのか ―定義をめぐるズレ V. 「虐待の増加」という誤解 W. 「虐待」はどこで語られているのか ―「虐待」は都市で起こる ■組体操■ 運動会の花形競技 =「一体感」「達成感」という教育的価値 ☆Twitter 「明日は組み体操 感動して泣きそう」等々 T. 私たちは何を語り,何を語っていないのか―自己紹介に代えて (根本 2011, p. 16) ■柔道■ 武道の必修化(中学校 2012年度〜) =日本の伝統,礼儀を学ぶという教育的価値 ○学校柔道の死亡事例――31年間(1983-2013)で118件 ○主要部活動における死亡率――群を抜いて高い値 中学校 の主要運動部における死亡率 [1992-2011年度,20年分] ■家庭=安全 という常識■ 思い起こせば,戦後ずっと私たちは,家族というものを愛情に満たされた安全・安心な場として描いてきた・・・ 〜1980年代 学校=危険 家庭=安全 1990年代 学校=危険 家庭=危険 2000年代 学校=危険 家庭=危険 2010年代 学校=危険 家庭=危険 社会学者の井垣章二の言葉(1998) 1985年当時・・・日本はアメリカとちがい子どもを大事にする社会である,と主張 1998年・・・・・・・児童虐待が社会問題化し,「ただただ驚くばかり」 文部科学省『心のノート』(小学校3・4年) 「家庭=危険」が認識されるようになったものの, まだまだ「家庭=安全」の常識をもつ(植え付ける)教育界。 一人の社会学者(教育社会学者)としての信念 @みんなが「光」のなかにいるときに,「闇」に目を向ける仕事。 ↑ 社会学・・・「当たり前」を疑う,「常識」を疑う (「社会」を学問するときに,「社会」と同じことを言っていては,学者である 意義なし) Aエビデンス(=科学的な根拠)重視 数字がもつ説得力。だからこそ慎重に(依存はほどほどに)。 ◆私たちが語っている「虐待」とは何か? ◆ ↓ ◆私たちが語っていない「虐待」とは何か◆ || 児童虐待問題の解体をとおして, 暴力や放置の問題により接近する 「児童虐待」・・・子どもを叩くこと,子どもを無視すること 「児童虐待」・・・やってはならないのに, 子どもを叩くこと,子どもを無視すること =「禁止」の価値が含まれている ■「虐待」は昔からあった?■ 「昔の親なら,当然やってきたことが今では児童虐待といわれる。昔なら,ほとんどが親の躾ではなかったか」(京都市児童福祉センター 2001)。 ⇒ 昔からあったのは,行為レベルでの「暴力」や「放置」であって, 「虐待」ではない。(例外はある) ⇒ 人権意識の高まり = 「暴力」や「放置」を防ぎましょう → 「虐待」の誕生 諸々の前提 ▽今日の議論の問題点△ 「暴力・放置=悪」という没時代的,没文脈的発想 例)「暴力は百害あって一利なし」?? それぞれの時代や文脈おいて,利があったから綿々と 続いてきた。ときに暴力を受けた本人でさえそれを美化 → 「利があるとしても,これからはやめよう」という 発想こそが必要 ※エビデンスを用いた「暴力」批判の危うさ ← 「暴力」を肯定するエビデンスもありうる 諸々の前提 Q 「虐待」を辞書で引くと・・・ Q 英語の abuse の意味 むごく取り扱うこと。残酷な待遇。 「動物を―する」 (『広辞苑』第6版) ※「虐」・・・「虎」が「爪」で傷つける ab+use 虐待防止活動における「虐待」は,この用法 U. 「虐待」は誰が語っているのか 日常用語 専門用語 専門用語としての「虐待」 (私たち“専門家”が 使う表現,ab+use) <広い定義> 日常用語としての「虐待」 (保護者やその周囲の 人びとが使う表現) <狭い定義> 優位 劣位 Xさん 私,やっぱり気持ちのなかで,「虐待」とは言えなくて,「いじめ」とあえて言います。 虐待はやっぱり死んでしまうかもしれないと思われる行為と[私は]思っていて,「いい加減にして!」とたたく自分の行為は,虐待とは思っていない。 すべて虐待だと定義づける先生がいるとすれば,私のしたことは全部「虐待」になってしまうようにも思えます。 ―(略)― だっていつも,[子どもを]たたいたり無視してしまったりといったあと,「ごめんね,忙しかったから」とか,「こういうことをしているときに[何かを]言われても困る」などと,後から言ってもとり返せないけど,私なりに反省して,娘に話したり,接してきたつもりでいます。 知り合いのお母さんが,「私,上の娘に幼児虐待で今も傷があるの」と話してくれました。 ―(略)― 私が使いたくなかった虐待と言っている…とショックを受けました。 橘由子 『子どもに手を上げたくなるとき』(1992,pp. 61-64) 『虐待』という言葉が暗黙のうちに内包する『暴力の強度』と,私がしてきたこととの間には,依然として埋めがたい隔たりがあるように思える。 ―(略)― あらゆることを無理やり十把ひとからげにして「虐待」という言葉にあてはめて論じようとすると,私をはじめその他大勢の「何だかイライラモヤモヤしながらバシバシやっているお母さんたち」の実態や気持ちを取りこぼすことになるという気もする。 ―(略)― さしずめ「子いじめ」「子たたき」という言葉を使ってみることにしたい。 母親の言葉 ★語られていないこと★ 養育者目線の支援,あるいは「虐待」という言葉を使わない支援のあり方 【「虐待の増加」に付随する常套句】 少子化・核家族化により虐待が増加し・・・ ○少子化・核家族化で暴力・放置が 増加? 子どもの数が減る =子どもをもつ核家族の数が減る → 虐待が減る ○そもそも暴力・放置は増加している? 18歳未満の子どもをもつ 核家族世帯人員数の推移 ・虐待防止活動の広がり ・子育て支援の広がり ・児童虐待防止法の制定・施行,改正 ・児童福祉法の改正(50年ぶり) それでも暴力・放置は増えている?! V. 「虐待の増加」という誤解 2012年度,小学校におけるいじめの件数(文部科学省調査) ※小学校における1000人あたりの件数(文科省調査をもとに内田が算出) Q あなたなら,どの都道府県に移りたいか? いじめを防止する意思・実践 → 件数の増大を生み出す 発見数,認知数(発見率,認知率) Q なぜ二十数年で件数が60倍にもなったか? A ・相談体制の整備 ・相談してもよい(するべき)という意思の広まり 暴力・放置を防止する意思・実践 → 件数の増大を生み出す 児童相談所における虐待相談の対応件数 典型的な発見数,認知数のグラフ (※本当の実態は“わからない”) [朝日新聞2013年7月26日] 親の心 震災の影 児童虐待 被災地で深刻化 仮設住宅 薄い壁 隣が気になりストレス 県外避難 母と子だけ 慣れぬ土地で孤立 [検証] ○浜松市1.84倍,愛媛県1.7倍 ・・・震災を超える大惨事があった? ◎岩手県(宮城県に次ぐ津波の犠牲者)4%減,仙台市8%減 ・・・震災によるダメージなし? 岩手県の被災者は,意外に苦労していない?!!! (苦労していないのではなく,支援の対象になっていない) [毎日新聞2013年7月28日] 被災地で児童虐待急増 昨年度 福島沿岸部 倍に ・福島県では311件で前年度より52件増。増加率は全国平均の倍近い20% ・仙台市を除く宮城県も875件で,増加率は28% ・震災や原発事故に伴う避難による親のストレスなどが背景 虐待件数を誤読した例(発見数,認知数を実数として扱った例) 以下の2つの資料より作成 ・『平成24年の犯罪』(警察庁,2013) ・少年犯罪データベース (http://kangaeru.s59.xrea.com/G-baby.htm) 嬰児殺の検挙人員数 ○実態としては,子どもに対する暴力や放置の件数は, 減っていると推定される ○本当に減っているとして,それでもなお「減らしたい」 という主張が認められるべき。そのための理論武装や エビデンスが要請される (※本当に増えているというときのみ,「減らしたい」と 主張できる,ヘンな世界) 安全と危険のパラドクス・・・安全な時代ほど,小さな危険が目立つ 虐待件数の怪――減ることのない件数 http://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/kyosai/pdf/kyufusuii_graph25.pdf 日本スポーツ振興センター「災害共済給付の給付状況の推移」 安全と危険のパラドクス (増減をくり返しながらも)全体として, 小さな事故の件数・・・増大, 重大な事故の件数・・・減少 虐待件数の怪――減ることのない件数 ■厚生労働省の虐待件数(2012年度の相談対応件数)に関するコメント■ 「虐待自体が増えている可能性に加え、関係機関の連携が進み、虐待に対する社会的な関心が高まった結果相談が増えたため」(『読売新聞』2013年7月25日、東京夕刊) 虐待件数の怪――減ることのない件数 <件数増加の理由> @暴力・放置そのものの増加 A社会的関心の高まり ※これは虐待を扱う専門 家の多くに共通する主張 加藤(2001: 37)より転載 ■文科省のいじめ件数に関するコメント■ ▽増加に転じた2010年度 「いじめそのものが増えたのではなく、実態把握が進んだ結果」 (『朝日新聞』2011年8月5日朝刊) ▽減少に転じた2011年度 「認知が十分にできていない学校や自治体がある。努力の余地がある」 (『毎日新聞』2012年9月12日東京朝刊) 虐待件数の怪――減ることのない件数 文部科学省「平成24年度 児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」 <件数増減の理由> A社会的関心の高まり のみ 増加と減少を繰り返している 虐待件数の怪――減ることのない件数 ■虐待件数■ ○公式統計の件数は,増加し続けている ○「本当に増えている」という論調 ■いじめ件数■ ○公式統計の件数は,増減を繰り返している ○「本当に増えているかではなく,私たちの関心の持ちようが問題」という論調 ■虐待件数■ 件数が増加し,また本当に増えているとしても,行政側の直接的な責任は問われない?! 家庭が悪い!! ■いじめ件数■ 件数が増加し,また本当に増えているとするなら,行政側の直接的な責任が問われてしまう。教育委員会,学校が悪い!! 「家庭が悪い」がゆえに, 行政的に拡大し続けうる 虐待防止ムラ?! よく耳にする,虐待の原因論 ○少子化・核家族化 ○地縁・血縁の弱体化 ○親の心理的問題 ○・・・ =現代的で都市的な,新しい時代の問題として語られている → 地域性という軸から,虐待相談の件数を分析する 厚生労働省『社会福祉行政業務報告』における児童相談所の 虐待相談に関するデータを使用。 ・都道府県,政令指定都市(都道府県とは別掲)の件数が記載 → 都市18〜22地域,地方40地域 ・典型的な発見数のデータとして読む ・2001年度頃までの急増時期――発展上昇期 2002年度以降の微増時期―――安定上昇期 W. 「虐待」はどこで語られているのか―「虐待」は都市で起こる 地方 都市 都市の発見率が高い 地方の発見率が高い 虐待防止活動が都市化 していく過程(とくに発展上昇期) =虐待防止において暴力・放置を 見る目が都市化 虐待防止において,都市部が都市の文脈で暴力・放置を「虐待」 と名付け,都市の文脈で「虐待」の原因を語る ★語られていないこと★ 伝統的あるいは非都市的な, 長らく続いてきた暴力・放置の問題 虐待防止活動の都市化=「虐待」の語りの都市化 → 「虐待」を現代的で都市的な,新しい時代の問題として語る ・少子化・核家族化 ・地縁・血縁の弱体化 ・親の心理的問題 <比較対象> 学校における暴力(いわゆる「体罰」)問題 ・・・教育界で長らく続いてきた,暴力的な指導が問題視 (都市化や少子化等の新しい時代の事項ではない) 暴力や放置というのは,人類史あるいは第一次・第二次大戦以降, 私たちが捨てきれずにいる負の遺産ではなかったか。 新しい時代の問題として語り続ける限り,根本的な問いに踏み込めない (整理:「虐待の増加」が生じる背景) 虐待防止活動・・・正義であるがゆえに,批判的検討の対象になりにくい しかし,その正義のもとで,語られていないことがある。 ▽養育者側にとっての「虐待」という言葉の重み ▽新しくない,綿々と続いてきた暴力・放置のあり方 ▽暴力・放置の減少という,社会の健全化 ▽虐待防止ムラの構造 目指すべきは,暴力・放置が増えていようが減っていようが,虐待防止活動の定説に合っていようがいまいが,子どもが受ける暴力・放置を一つずつ減らすための議論と実践を続けていくこと。 そこに向けて,さまざまな批判に耐えうる科学的知と倫理を集結させていくこと。 【文献】 ○広井多鶴子,2012,「児童虐待をめぐる言説と政策―児童虐待防止法は何をもたらしたか」『日本教育政策学会年報』19: 40-57. ○井垣章二,1985,「児童虐待の家族と社会」『評論・社会科学』26: 1-45. ○井垣章二,1998,『児童虐待の家族と社会―児童問題にみる20世紀』ミネルヴァ書房。 ○石川洋明,1999,「子どもの虐待」四方壽雄編『家族の崩壊』ミネルヴァ書房,75-97. ○京都市児童福祉センター,2001,『子ども虐待に関する意識調査報告書』。 ○加藤曜子編,2001,『児童相談所における児童虐待相談処理件数の増加要因に関する調査研究』平成12年度児童環境づくり等総合調査研究事業報告書。 ○根本正雄編,2011,『組体操指導のすべて』明治図書。 ○橘由子,1992,『子どもに手を上げたくなるとき』学陽書房。 ○谷口由希子,2011,『児童養護施設の子どもたちの生活過程―子どもたちはなぜ排除状態から脱け出せないのか』明石書店。 ○上野加代子,1996,『児童虐待の社会学』世界思想社。 ○上野加代子,2013,「児童虐待という問題の構築」庄司洋子編著『親密性の福祉社会学』東京大学出版会: 23-42. ●内田良,2009,『「児童虐待」へのまなざし―社会現象はどう語られるのか』世界思想社。 ●内田良,2013,『柔道事故』河出書房新社。 ●内田良,2014,「【緊急提言】組体操は,やめたほうがよい。子どものためにも,そして先生のためにも。<組体操事故の実態>」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20140519-00035451/)