REASE公開講座「合理的配慮―対話を開く、対話が拓く」 2016年7月16日(土) 合理的配慮とプライバシーの問題   西倉実季(和歌山大学) ■問題意識:法制化後の課題 ・合理的配慮の提供段階で生じる実践的・応用的課題  ‐法的義務の適切な履行  ‐合理的配慮の効果的な機能  =合理的配慮の提供に関わるアクセスとプライバシーとの緊張関係 ■アクセスとプライバシーの緊張関係 ・社会活動へのアクセスには合理的配慮が必要 ⇔ 合理的配慮によってプライバシー侵害のおそれあり ・「見えない障害」においてとくに問題  ‐例)精神障害、聴覚障害 ■障害の開示をめぐる問題 ・合理的配慮を提供するプロセス  ‐事後的、個別的、対話的な性格  ⇒障害の開示は合理的配慮を得るための必要条件 ・障害によっては開示が不利に働く場合も  ‐例)就労機会の獲得・維持 ■以下の構成 1.合理的配慮の申出段階での問題  ・精神障害者の就労を事例に  ‐スティグマの問題 2.合理的配慮の提供段階での問題  ・聴覚障害学生への支援を事例に  ‐方法のまずさゆえの問題  ‐合理的配慮をめぐるジレンマ 3.合理的配慮の提供をめぐる課題 ■申出段階での問題 ・障害を開示できない精神障害者  ‐スティグマ付与や仕事への悪影響を危惧(Daigan & Gilbride 2003)  ⇒必要な配慮を申し出ることなく就労  ⇒就労継続の困難(山村 2011) ■開示ができるために ・啓発の推進  ‐雇用促進法が定める事業主の義務  @均等な機会を与えること(34条)  A不当な差別的取扱いの禁止(35条) ・解消されない「感受されるスティグマ」  ‐啓発の推進は「行使されるスティグマ」には有効 であるが…  ⇒社会的障壁が放置された状態での就労機会の 獲得・維持 ■配慮提供段階での問題@:方法のまずさゆえの問題 ・仮想事例1:PC通訳を利用する聴覚障害学生A  ‐サポートスタッフがユニフォームを着用  ‐そのせいで周囲の学生に障害が知られる  ⇒障害の顕在化 ・仮想事例2:PC通訳を利用する聴覚障害学生B  ‐サポートスタッフがユニフォームを着用  ‐そのせいで教室の中で注目の的に  ⇒障害のスポットライト化 ■2つの事例が示していること ・配慮提供のされ方のまずさ  ‐必要な配慮を提供するという結果は達成できているが、そのための方法が不適切  ⇒障害の顕在化、スポットライト化  ⇒配慮の受け控え? ■プライバシーの尊重という課題 ・合理的配慮の提供にあたって  ‐機能的ニーズの充足のみならず、障害者のプライバシーを考慮する必要性  ‐自己イメージを使い分ける自由としてのプライバシー権(棟居 1992) ・イギリス平等法の高等教育に関する行為準則(Equality and Human Rights Commission 2010)  ‐ある配慮が「合理的」か判断する際には、学生の意向とどの程度合致するかを重視しなければならない ■配慮提供段階での問題A:合理的配慮のジレンマ ・仮想事例3:PC通訳を利用する聴覚障害学生C  ‐スタッフはユニフォーム着用を取りやめ  ‐それでも障害に気づかれることはある  ⇒居心地の悪さ、気詰まり… ・仮想事例4:遠隔型PC通訳を利用する聴覚障害 学生D  ‐障害の顕在化、スポットライト化は解決  ⇒タイムラグ、情報漏れ… ■2つの事例が示していること ・社会活動へのアクセスとプライバシー擁護の緊張関係  ‐適切な方法で配慮が提供されても障害の顕在化は回避できない(事例3)  ‐障害の顕在化の回避と引き換えに、合理的配慮の機能が低下(事例4) ■合理的配慮をめぐるジレンマ ・(合理的配慮を得れば)社会活動にアクセスできるがプライバシーは侵害される ・(合理的配慮を得なければ)プライバシーは擁護されるが社会活動にアクセスできない ■まとめ:配慮提供の留意点 ・「個々のニーズ」に照らして  ‐配慮提供の方法も個別的でありうる ・「社会的障壁の除去」に照らして  ‐社会活動へのアクセスを断念させるような配慮提供は障壁の除去とは言い難い ・「意向の尊重」に照らして  ‐プライバシーの尊重を含む ⇒プライバシーの考慮は当然 ■なお残る問題点:プライバシーを最大限に尊重したとしても… ・開示ができず必要な配慮を申し出られない  ‐配慮提供の段階に至らない ・配慮提供そのものが障害の顕在化を不可避的に引き起こす  ‐ジレンマは完全には解消できない ・事業主が困難な立場に置かれる  ‐プライバシー保護が他の従業員の不満を生む(Frierson 1992) 引用文献 Dalgin, Rebecca Spirito & Dennis Gilbride, 2003, “Perspectives of People with Psychiatric Disabilities on Employment Disclosure,” Psychiatric Rehabilitation Journal, 26(3): 306-310. Equality and Human Rights Commission, 2010, Draft Code of Practice: Further and Higher Education. Frierson, James G., 1992, “An Employer’s Dilemma: The ADA’s Provisions on Reasonable Accommodation and Confidentiality,” Labor Law Journal, 43(5): 308-312. 棟居快行, 1992, 『人権論の新構成』信山社 山村りつ, 2011,『精神障害者のための効果的就労支援モデルと制度――モデルに基づく制度のあり方』ミネルヴァ書房