障害班
障害者就労では職場での必要な配慮と現実との乖離が見られるため、サーチ・社会ゲームの理論を用いて、長期関係のあるランダム・マッチング・モデルを組み、それを元に構造推計を行うことで、どのような職場環境の改善が障害者就労を促進させるかを理論・実証的に読み解く。
REASE は経済と社会的排除の研究"Research on Economy And Social Exclusion"の頭文字をつなげたものです。「社会的障害」を共通するキーワードとして、2012年3月まで行っていた経済と障害の研究 READ="Research on Economy And Disability"から、その研究対象を長期疾病や児童養護といった問題にも拡げた新たな取り組みです。REASEは科学研究費補助金基盤(S)「社会的障害の経済理論・実証研究」(課題番号 24223002)によってサポートされています*。
*一部の活動は、科学研究費補助金学術創成研究「総合社会科学としての社会・経済における障害の研究」(課題番号 19GS0101)その他の資金によってサポートされています。
社会はひとのために造られてきた。とはいえ、すべての人を等しく考慮するように造られてきたわけではない。社会の構成員は、性格、能力、資力等においてそれぞれ大きく異なっているため、すべての人に便利な建物やきまりというものはなかなか存在しない。いきおい、「ふつう」の人に便利なものを造ろう、ということになる。
社会は「ふつう」の人々を基準に作られてきた。そこで「ふつう」でないとみなされる人々はしばしば福祉の対象とされてきたが、かれらが福祉の世界から「ふつう」の経済社会に入ろうとするとき、さまざまな障壁に直面する。
この「ふつう」という言葉をキーワードに、そこから大きく置き去りにされた人々―とくに障害者、長期疾病者、そして児童養護対象者(実親が育てられない子供たち)―に光を当て、その経済的側面を中心に知見を得ることが本研究の目的である。
障害者、長期疾病者、児童養護対象児童等の「ふつう」の社会で「ふつう」に暮らしにくい人々をもっと社会に包み込むために、ゲーム理論に基づいたモデルによってかれらが直面する社会的障害を統一的に読み解き、そのモデルを実証分析の俎上に乗せることで、問題解明の糸口を探る。かれらは「ふつう」の人々が直面する社会の歪みを映し出す拡大鏡であり、その問題を和らげることは社会全体の歪みを和らげることにもつながる。
社会的障害という「ふつう」から外された人が直面する問題を研究するために、経済理論そのものの変更を迫ろうとする点、またそれを通じて、「ふつう」の人々が直面する社会の歪みをあぶり出し、経済学そのものの方向性を変えようとする点が本研究の特色である。
本研究はゲーム理論・行動経済学・比較制度分析に加え、計量経済学を統合し、障害学とも―とくにその理念の点で―連携して行われる。
障害者、長期疾病者、児童養護対象児童等の「ふつう」でないとされた人々に共通した問題を探ろうとする動きはあるが、経済面の重要性にもかかわらず、経済理論・実証分析についてはその必要性が言及されるに留まる。また、経済学でも貧困の研究は多くあるが、ゲーム理論の知見を用いた制度的補完性や隔離に伴う偏見を扱った研究も不十分である。
このうち、「障害者」については、学術創成研究「総合社会科学としての社会・経済における障害の研究:READ 」において一定の知見が得られた。「障害」は個人の属性だけでなく、その個人を取り巻く社会的環境の中で規定される。「ふつう」の人がみなオリンピックの体操選手のようであったなら、2階に上るのに階段は必要なく、そのような社会では、今は「ふつう」とされる筋力の持ち主も、現在使われているのと同じ意味で「障害者」と呼ばれていたであろう。ある人にとって当たり前のことが別の人にとっては越え難い障害となる。障害の相対性・社会性こそが障害問題の本質である。この障害の「社会モデル」と呼ばれる考え方を受けて、日本でも障害学が1990年代以降、新たな展開を見せている。
医療制度は短期間で医療の対象から外れる人々を想定して作られてきた。しかし、医療技術の進歩や医薬品の開発に伴って、長期間に渡って医療的な措置が必要な人々が現れた。医科学研究所とわれわれの共同調査によれば、慢性骨髄性白血病では、年間一人平均約50万円の医療費負担を強いられている。
児童福祉の分野では、日本では実証的な経済研究は皆無と言ってよい。
これまで定性的かつ個別になされてきた「障害」、「長期疾病」、そして「児童養護」を「社会的障害」という視点から統一的に分析し、他国と比較することで、われわれの社会の歪みを読み解く。社会・経済の歪みによってだれもが一定程度のストレスを感じ、生きにくさを感じている。OECDの中でも1,2位を争う自殺率の高さは氷山の一角でしかない。そして、その歪みは社会的・経済的弱者に集中的に顕在化する。社会的障害の経済研究は社会・経済の歪みを映し出す拡大鏡である。この問題を分析することで、そういった人々だけではなく、「ふつう」の人も含めた万人のための社会・経済制度を構築するための一助としたい。
研究対象別に障害班、長期疾病班、児童養護班、被災地支援班の4班を作り、そこに理論・実験、制度・事例、実証という研究手法別の班横断的なチームを作ることで、縦糸と横糸による緊密な連携を保つ。理論・実験チームは動学ゲーム理論、帰納論的ゲーム理論、サーチ理論、行動経済学を総合的に研究・発展させ、差別や偏見、格差、負の連鎖等の問題を分析し、その成果を他チームとシェアし、構造推計のベースとする。制度・事例チームは単に調査に止めず、理論モデルや実証分析で得られた知見を元に、制度改革の効果を分析し、また、比較制度分析の手法を用いて国際比較を行う。事例は他チームにフィードバックする。実証チームは障害班において追跡調査・分析を行い、他班においても統計調査を行う。また、児童養護班においてフィールド実験を行う。
障害者就労では職場での必要な配慮と現実との乖離が見られるため、サーチ・社会ゲームの理論を用いて、長期関係のあるランダム・マッチング・モデルを組み、それを元に構造推計を行うことで、どのような職場環境の改善が障害者就労を促進させるかを理論・実証的に読み解く。
長期疾病の問題では、医科学研究所との共同研究で得られた経済負担に関する知見を元に、医療者や患者会が政治家や行政への働きかけを行い、高額療養費の減額(=高額負担の軽減)の検討が始まった。エビデンスで政策が動く。そのエビデンスを突きとめるため、より広汎な長期疾病に焦点を当てた調査および分析を行う。
米国ではデータを元に里親から養子縁組への移行を果たすために必要な経済的サポートが論じられているが、里親への移行も果たせていない日本ではこうした実証的な経済研究は皆無と言ってよい。日本における実態を、とくに経済的側面を重視しながら調査する。
被災地の高校等と連携し、高校生の学習支援等を通じて、教育支援の効果とその方策を模索する。教育支援を受けた高校生が自ら教育支援を行う側に回ることで支援のつながりができるか否かについても追跡調査を行う。福島県立相馬高校との連携から始めたこの取組みは、現在、その連携先を福島県立新地高校、同福島高校に拡げつつある。
松井彰彦 東京大学大学院経済学研究科 教授 [研究代表者]
尾山大輔 東京大学大学院経済学研究科 准教授
川越敏司 はこだて未来大学 教授 [実験経済学]
田中知美 世界銀行 上級エコノミスト [行動経済学]
In-Koo Cho イリノイ大学 教授
川島聡 岡山理科大学経営学部 准教授 [法学]
長瀬修 立命館大学生存学研究センター 特別招聘教授 [障害学]
福島智 東京大学先端科学技術研究センター バリアフリー分野 教授 [障害学]
星加良司 大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター 准教授 [障害学]
臼井久実子 障害者欠格条項をなくす会 事務局長
瀬山紀子 埼玉県男女共同参画推進センター 事業コーディネータ [社会学]
児玉有子 星槎大学教育学研究科 准教授 [看護学]
栗原房江 聴覚障害をもつ医療従事者の会 [看護師]
花岡和賀子 社会福祉法人聖オディリアホーム乳児院 施設長 [小児科専門医]
西倉実季 和歌山大学教育学部 准教授 [社会学]
山下麻衣 同志社大学商学部 准教授 [経済史]
両角良子 富山大学経済学部・大学院経済学研究科 准教授 [医療経済学]
長江亮 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 [労働経済学]
金子能宏 一橋大学経済研究所世代間問題研究機構 教授 [財政学]
河村真千子 麗澤大学・非常勤講師/異文化トレーナー/研修講師 [社会心理学(文化心理学)]
森壮也 JETROアジア経済研究所開発研究センター 主任調査研究員 [開発経済学]
田中恵美子 東京家政大学人文学部教育福祉学科 准教授 [社会福祉学]
大野更紗 作家・明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士後期課程
上昌広 星槎大学教育学研究科 客員教授
熊谷晋一郎 東京大学先端科学技術研究センター 准教授 [小児科医]
吉野ゆりえ 星槎大学大学院教育学研究科 客員研究員
久野研二 国際協力機構 国際協力人材部 国際協力専門員 [社会保障]
加納和子 武蔵野大学経済学部 講師
萱場豊 一橋大学 高等研究院 特任講師
前川直哉 東京大学大学院経済学研究科特任研究員、ふくしま学びのネットワーク理事・事務局長
中室牧子 慶應義塾大学総合政策学部 准教授
参鍋篤司 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員
スタッフ 丹羽太一/大関智也/冨田佳樹
動学ゲーム理論、帰納論的ゲーム理論、サーチ理論、行動経済学を総合的に研究・発展させ、差別や偏見、格差、負の連鎖等の問題を分析する。
理論モデルや実証分析で得られた知見を元に、制度改革の効果を分析し、また、比較制度分析の手法を用いて国際比較を行う。
各班において制度の現状と課題、および事例について調査・研究し、とくに、制度間の隙間に落ち込んでしまった人々の問題を論じる。
障害班において追跡調査・分析を行い、他班においても統計調査を行う。また、児童養護班においてフィールド実験を行う。
過去の調査から得られたデータを元に分析し、各班の相違点・類似点を探っていく。実証分析では、さまざまな統計分析を展開する。