REASE 公開講座

2015年3月7日

REASE 公開講座のご案内

チラシはこちら (PDF)

障害者雇用法制の現状と課題—合理的配慮と差別禁止と割当雇用の交錯
日時 2015年3月7日(土)13時30分〜17時30分(開場13:00)
会場 東京大学本郷キャンパス 経済学研究科棟地下1階 第一教室
本郷キャンパスへは
本郷三丁目駅(地下鉄丸の内線) 徒歩8分
本郷三丁目駅(地下鉄大江戸線) 徒歩6分
本郷アクセスマップ
入場料:無料
主催:社会的障害の経済理論・実証研究(REASE)(研究代表者:松井彰彦)

 今回の公開講座では,障害者雇用促進法の意義と課題を検討します。従来,障害者雇用促進法の下では,割当雇用制度が発展してきましたが,2013年の改正によって,同法は差別禁止義務と合理的配慮義務をも定めることになりました。この改正部分は,2016年4月1日に施行されます。今後,日本の障害者雇用法制をより実効的・効率的なものにするためにも,割当雇用と差別禁止と合理的配慮との関係を多角的に明らかにする必要があります。
 その一環として,今回の公開講座は,行政、市民社会(当事者団体)、研究者がそれぞれの観点から報告を行い、その後の全体討論を通じて,障害者雇用法制の意義と課題を多角的に検討します。まず,厚生労働省の松永久氏に,障害者雇用促進法における改正のポイント(差別禁止義務と合理的配慮義務など)を解説していただきます。次に,DPI(障害者インターナショナル)日本会議の尾上浩二氏に,障害者差別解消法と障害者雇用促進法の比較検討をしていただきます。そしてREASEの長江亮が,計量経済学の観点から,障害者雇用法制との関係で企業行動を検討します。また,REASEの川島聡と松井彰彦が,法学と経済学の学際的アプローチの観点から,合理的配慮と割当雇用の関係を分析します。

発表者:松井彰彦(東京大学),松永久(厚生労働省),尾上浩二(DPI日本会議),長江亮(早稲田大学),川島聡(東京大学)
司会者:星加良司(東京大学)
プログラム
13:30-13:35 開会の言葉 松井彰彦(REASE、東京大学経済学研究科・教授)
13:40-14:20 松永久(厚生労働省職業安定局雇用開発部障害者雇用対策課調査官)
  「改正障害者雇用促進法の概要」
報告ファイル :PowerPoint(557KB) / TEXT(UTF-8/29KB) / TEXT(Shift-JIS:Windows/25KB)
14:25-15:05 尾上浩二(DPI(障害者インターナショナル)日本会議副議長)
  「障害者差別解消法と障害者雇用促進法の比較」
報告ファイル1 :PowerPoint(283KB) / TEXT1(UTF-8/16KB) / TEXT1(Shift-JIS:Windows/8KB)
報告ファイル2 :WORD(29KB) / TEXT2(UTF-8/37KB) / TEXT2(Shift-JIS:Windows/20KB)
15:05-15:15 休憩
15:15-15:55 長江亮(早稲田大学政治経済学術院現代政治経済研究所招聘研究員)
  「障害者雇用法制と企業行動」
報告ファイル :PowerPoint(2.5MB) / TEXT(UTF-8/20KB) / TEXT(Shift-JIS:Windows/16KB)
16:00-16:40 川島聡(東京大学先端科学技術研究センター客員研究員)・松井彰彦(東京大学経済学研究科・教授)
  「障害者雇用法制と「法と経済」」
報告ファイル :PowerPoint(246KB) / TEXT(UTF-8/20KB) / TEXT(Shift-JIS:Windows/12KB)
16:40-17:25 全体討論
17:25-17:30 閉会の言葉 星加良司(東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター専任講師)

情報保障:手話通訳、文字通訳、磁気ループ

質問・コメントカードへの回答 1 長江亮(3月23日更新)

質問・コメントカードへの回答 2 尾上浩二(3月23日更新)

質問・コメントカードへの回答 3 松永久(3月30日更新)

質問・コメントカードへの回答 4 川島聡(8月14日更新)

お問合せ:rease@e.u-tokyo.ac.jp

2015年3月23日

質問・コメントカードへの回答 1

長江亮

長江亮「障害者雇用法制と企業行動」へ当日寄せられた質問・コメントへの長江先生の回答です。

○ Q1
今回のシンポジウムの主旨から外れてしまうコメントかとは存じますが、「障害者の雇用」というトピックの内部にも、例えば一般女性の問題と同様に女性の雇用率や収入が低いこと、障害の種ごとに格差が存在することなど、多様な「障害者内部での格差」も存在するかと思います。
こうした問題に関して何かお考えがあれば、ぜひお話をきかせていただきたいです。
● A1
障害者の女性問題に関しては、本研究プロジェクトの臼井さんや瀬山さんが取り組まれています。障害者内部の格差に焦点をあてた研究に関しても、増加傾向にあります。ただ、統一的に取り上げた比較研究は少ないかと思います。なぜかというと、それぞれの障害属性によって直面する問題が異なりますので、簡単に比較することができないからです。
ただし、同じ理由で、ある制度が雇用や賃金に与える影響を量的に分析する場合でも、障害種別の差を考慮して分析が行われています。従って、分析結果に対して障害種別の差が発生する理由を考察することは、結果的になるにせよ行われています。
先に述べたように、直面する障害別の(純粋な経済学の分野ではなく、社会学などとの複合領域になりますが)分析も増えてきています。社会の在り方によって発生している障害には多様なものがありますので、社会をよりよい方向に改善していくためには、ご指摘の研究は今後も継続的に取り組んでいく必要はあるのではないでしょうか。
○ Q2
ADAで障害者雇用が進まなかったのには、一つに障害の定義の問題があり、定義をより広くするよう改正した。その影響は障害者雇用の実態に影響していないのでしょうか。
納付金・調整金制度は、そもそも法定雇用率未達成企業の存在を前提とする制度であり(タコが自分の足を食う)すべての企業が達成したら達成企業への調整褒賞金の原資がなくなり、制度として成り立たなくなる。
つまり、納付金(罰則)と調整金(インセンティブ)のやりとりの現制度は未達成を前提としていて、制度として目的と手段が矛盾したいびつな制度であると思います。また雇用率はその中身を問うていないので、頭数さえ揃えばよく、契約-臨時社員で一定期間雇い、障害者のキャリアupや昇給の機会がないまま契約期間切れとなって新たな人を雇っても、雇用率自体は変わらなくなりますので、割当雇用制度は合致しない積極的差別是正措置ですらないのではないかと思います。
⇒未達成を前提としている→永久に達成できないようにする。
● A2
一つ目に、障害の定義の問題についての回答です。定義を広くした結果、雇用や賃金にポジティブな影響があることを示した研究は、私の知る限りありません。定義を広くしてしまった結果、障害年金などの受給者が増加しました。現在、アメリカの研究はそちらの方に問題の焦点が移行している状況です。
二つ目に、雇用率・納付金制度の原資の問題についてです。この問題は、古くから指摘されてきている問題です(手塚(1999))。この点については、そもそもの背景として働ける障害者が雇用されていないという現実があり、その状況を改善していく手段として採用されているのが雇用率・納付金制度だと考える。そのために目標雇用量を設定し、それを達成するための手段としてこの制度が採用されていると考えています。この制度を持続的な制度としていくことは今後の課題で、どのような基準で納付金や助成金を設定していくか、合理的配慮の事も含めて考察すべきと思います。
三つ目に、頭数だけ揃えればそれでよいと考える事業主が出てくる可能性は否定しません。しかし、川島先生、松井先生の報告にあったように、納付金制度を合理的配慮が取り込まれたものとして位置付けることは可能と思います。このような点も、今後の議論の課題と考えます。
○ Q3
第1講演の松永久氏の発表では、ハローワークを通して雇用した企業数は増加しているとありました。 障害者雇用促進に効果的なのは法定雇用率や納付金制度ではなく、障害者(被雇用者)と企業(雇用者)をつなぐパイプ役の制度や人員ではないか?と思いました。
法定雇用率を満たすために/納付金を支払いたくないから、といった理由で障害者を雇用する企業が増えると、かえって、障害者が働きにくい職場になるのでは?とも思いました。
● A3
パイプ役となる人員が必要というご意見はその通りだと思います。事業主と労働者の間にある情報の非対称性がとてつもなく大きい状況が、現在の障害者雇用にまつわる問題の多くを生み出しているからです。また、納付金制度が引き起こしうる状況もご指摘の通りだと思います。これらは今後、実態をよく精査していかなくてはいけない課題だと思います。
○ Q4
タイにおいては、法定雇用率は1%だが、納付金は最低賃金×365/年間となっており、非常に高い。
結果、雇用率の上昇はゆるやかだが、納付金が年間46億円(12億バーツ)となっている。全額、障害者基金に入り、雇用に限定されない障害者支援プログラムに利用される予定である。(補助金)
今後は、このような途上国事例も研究することで、納付金の研究領域も広がるのではないか?
またタイの障害者団体は納付金を上げることで障害者の権利を守るという強い意識がある。
● A4
ご指摘の通り、諸外国の障害者雇用法制と現状についての国際比較は今後より密に行わなくてはならない研究課題と思います。
○ Q5
法定雇用未達成企業から納付金を徴収し、達成企業に分配(調整金として支給)されるが、達成企業が増えることにより、財源がなく、より納付金、調整金の調整が適正に行われなくなるのではないでしょうか。
一般人かつ、このような発表を聴講したのは始めてなのでおそらく初歩的かもしれません。時間に余裕があればで結構です。
● A5
Q2 でのご指摘と同じ質問ですので、お返事としては、今後議論をつみ重ねなくてはいけない課題になる、ということになります。類似の制度は、諸外国でも採用されていますので、これらも参考にしながら議論すべき課題と思います。
○ Q6
スライド16のグラフについて。
従業員1000人以上企業の法定雇用率達成企業比率が2011年以降伸び悩んでいる要因をご教示いただきたく、よろしくお願いいたします。
● A6
一つ目に、除外率規制の緩和がありました。二つ目に法定雇用率が拡大されています。三つ目に、松永さんからご指摘いただきましたが、週所定労働時間20時間以上30時間未満の障害者が雇用率に算定されるようになりました。これらの変更が連続して行われたために、一次的な落ち込みを拾っているだけです。これまでの傾向が変わらないのであれば、一つ目と二つ目の要因は一時的なものにすぎないと予想されます。ただし、短時間労働に対する効果については、障害者のニーズも多いことが予想され、新しい取り組みですので持続的な影響があるかもしれません。
○ Q7
納付金の額を1人雇用するのにかかる費用として最低賃金を基に算出することについては、どのようにお考えか、ご意見を聞かせて頂ければと思う。
フランスの納付金は、最大、1年間最低賃金で雇用した場合にかかる費用と同額を事業主に課していたと思われるので、その正当性をいかに考えればよいか、ご教授いただきたい。
● A7
ご質問の主旨は、納付金額を最低賃金の額を基に算出するという意見をどのように考えるか、という点だと思います。
納付金制度は『障害者の雇用に関する事業主の社会連帯責任の円滑な実現を図る観点から、この経済的負担を調整するとともに、障害者の雇用の促進等を図るため、事業主の共同拠出による「障害者雇用納付金制度」が設けられています(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、『障害者雇用納付金制度の概要』(https://www.jeed.or.jp/disability/koyounoufu/about_noufu.html)より引用)とされています。
最低賃金法は『この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。』(最低賃金法、総則)とされています。
これらを前提とすると、納付金額の算定に最低賃金を基準とすることは、企業が障害者雇用に関して必要とする経済的負担は、障害者の労働条件の改善を図り、障害者の生活の安定を保障するための金額である、という考え方を前提としていると解釈することが可能です。「就労可能な」との考え方は、いくつかの解釈が可能ですが、以下では、障害者の直面する障害がすべて取り除かれた状態で「就労可能」と考えていると解釈します。
最低賃金を基準にする考え方の正当性は、納付金制度の理念と最低賃金法の理念が合致しえる時に妥当といえると思います。そうすると、少なくとも次の二点を考えなければいけないと思います。一つ目に、この考え方は、企業に過度の負担を強いる完全な合理的配慮がなされることを含むため、企業の負担が大きくなる可能性が否定できないこと。二つ目に、(就労能力を持つ障害者は全員、生活が安定するだけの賃金を受け取らなくてはいけない、という考え方を前提にしていると解釈できますので)障害者の所得保障と就労インセンティブとの関係が問題となります。すると、障害年金などの所得保障施策との関係を考察する必要があることです。
しかしこれらは、簡単に、短期間で答えが出せる問題とは思えません。従って私は(個人的には)支持できません。フランスの制度はフランスの歴史的経緯を反映したものとなっていると思います。それは今の日本の文脈を考えると、あまり参考にならないのではないでしょうか。
また他にも多くの検討事項があると思いますが、講座で報告させていただいたように、オーストリアでは少額の納付金で企業の障害者雇用のインセンティブを生み出していますし、日本のデータを検討してみても、企業の障害者に対する需要は少額の納付金等の引き上げに対して全体的に見ても反応しています。この事実は私の報告と矛盾するように聞こえるかもしれませんが、私の報告の結果とあわせていうと、まだまだ少ない、ということです。しかし、最低賃金まで高く設定するということは、現実的とは思えません。
○ Q8
Lalive etal(2013) の対象国の雇用法制は。
割当雇用の他に、差別禁止法は存在していないのでしょうか?
● A8
重要なご指摘をありがとうございます。Lalive etal(2013)の対象国はオーストリアです。EUですので、一般的には存在しています。中でもオーストリアでは、合理的配慮を課すという意味ではEUの中でも先駆けて行われていた国です。本講座のカギとなる合理的配慮と割当雇用に関して、これらの国々の状況は、今後の日本の施策を考えるうえで示唆に富むものと考えられます。日本で障害者に関する調査研究を行う代表的な機関である『障害者職業総合センター』でも、この手の調査が行われ、紹介されています。
○ Q9
ゆっくり話してくださってありがたかったのですが、残念ながら内容 言葉がよく分かりませんでした。
 十分に低い
 自己価格弾力性
 英文
 雇用調整速度
などは、一般的ではないと思いますので、言葉を言い替えるなどして皆に伝わりやすい形にしていただけますと助かります。
スライドもすべて並列のように書かれていますので関係性が分かりにくいと思いました。
なぜ、この分析結果に達したのか
説得力のある(納得性のある)検討過程を聞かせていただきたかったです。
● A9
割当雇用制度が企業の費用に与える影響を経済学の理論的に明らかにし、それを実証した研究が存在します。割当雇用制度では、雇用割当はあっても納付金制度はありません。つまり、今の日本の雇用率・納付金制度の、納付金・助成金額が「十分に低い≒0」状況を分析しているということになります。
経済学では企業を、労働や資本という投入要素を使用して財を作り出す仕組みとして考えています。上に述べた研究では、投入要素である「労働者」を異なる複数の投入要素の組として考え、割当雇用の制約を課す。そこで得られた結果が、一つ目に、割当雇用制度があるときには、投入要素の「自己価格弾力性」(1%の賃金変化に対して、労働需要量がどの程度変化するのかを表す指標)が、いずれの投入要素でも低くなること。二つ目に、自己価格弾力性が低くなると、投入要素の量が簡単には変化しないことになるので、企業にとって最適な投入要素(労働)の投入量つまり、最適雇用者数に調整することが難しくなります。(企業が最適な労働投入量に、労働投入量を移行させるまでの調整するスピードのことを雇用調整速度といいます)従って、この場合は雇用調整速度が遅くなることを意味します。
繰り返すと、先行研究で明らかにされていることは、割当雇用制度を課された企業は、課されていない企業と比較すると、①投入要素に関する費用が増大するため、生産に必要とされる総費用も増大する。また、障害者の法定雇用率は1〜2%程度なので、②法定雇用率を超過して障害者を雇用している企業の雇用調整速度は、法定雇用率を達成していない企業よりも遅くなる、ということです。
近年になって登場した別の先行研究で、少額の納付金であっても障害者を雇用するインセンティブになっているという結果が示されています。そこで、納付金額が障害者を雇用するインセンティブとならないほど「十分に」少ない額なのであれば、割当雇用制度が企業行動に与える影響を分析した先行研究と同じ結果(①②)が得られるだろう。という仮説を実証分析した研究の結果を報告させていただきました。
○ Q10
「障害者枠がない企業の雇用制度は差別である」と(?)の内容は、まったくその通りだと思います。しかし、(東大も含め)常勤・正社員、公務員の採用試験や企業の就職試験でも、むしろ同じワクで扱い、多少時間的配慮などがあるとしても、その方がより平等であると思われていることが多いように見受けられます。
この誤解をなくすことが肝要であり、課題であると興味深く拝聴しました。
● A10
ありがとうございます。厳密には、川島先生・松井先生の議論を前提にした、と考えた方が、説得力があると思います。私のケースでは、共同負担を時代に合わせた形で拡大解釈すれば、という前提を置いているにすぎません。
総括:ご質問をありがとうございました。今回テーマとなったお話に関して、例えば、法定雇用率の数値設定の妥当性の問題などがありました。現行制度の是非を、その理念的な背景から議論することはもちろん重要です。しかし、この問題は規範的な議論ですので、社会的な合意を得るためには、いろいろな方面からの議論を積み重ねる必要があります。そこで、量的な分析でそのような議論に貢献することを考えたときに必要となることを主張してまとめさせていただきたいと思います。
制度で設定されている数値の妥当性をきちんと議論するためには、統計として記録されている数値が信頼できるものであることが前提条件となります。別の機会にきちんと議論したいと考えていますが、日本の障害統計は信頼できるものにはなっておりません。一つの例として挙げられるのが、障害者人口です。障害者の定義を手帳を所持しているものとしたとき、手帳交付者数で障害者人口がわかります。しかし、『障害者白書』に掲載されている(推計)障害者人口と、障害者手帳交付者数の総計は大きく異なっています。勿論、「推計」ですので、ある程度の誤差は発生しますが、それでもあまりにも大きく違いすぎている現状があります。今回の講座のテーマとなった一般雇用の分野は、ある程度は正しい数値が出されています。しかし、納付金制度の対象とならない事業主のもとで働く障害者や、福祉的就労を営む障害者を含めると、正確な数値はわかりません。いろんな議論の大前提となる統計の整備が、大きな課題としてあることを主張させていただきます。

2015年3月23日

質問・コメントカードへの回答 2

尾上浩二

尾上浩二「障害者差別解消法と障害者雇用促進法の比較」へ当日寄せられた質問・コメントへの尾上先生の回答です。

○ Q1
今回のシンポジウムの主旨から外れてしまうコメントかとは存じますが、「障害者の雇用」というトピックの内部にも、例えば一般女性の問題と同様に女性の雇用率や収入が低いこと、障害の種ごとに格差が存在することなど、多様な「障害者内部での格差」も存在するかと思います。
こうした問題に関して何かお考えがあれば、ぜひお話をきかせていただきたいです。
● A1
 障害者権利条約では、その第6条で障害女性に関して以下のように規定をしています。
 「締約国は、障害のある女子が複合的な差別を受けていることを認識するものとし、この点に関し、障害のある女子が全ての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる。」
 障害女性に対する複合的差別の問題については、障害者制度改革推進会議や障害者政策委員会でも度々委員から意見提起がなされてきました。
 障害者基本法などでは、障害女性の複合差別に関して独立した条項までは設けられていないものの、第10条・施策の基本方針等で「障害者の性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて」と、施策の策定・実施に際して、「障害者の性別」に配慮されなければならない旨の規定が設けられました。
 また、障害者差別解消法の基本方針でも、法の対象範囲-障害者の項目で、「また、特に女性である障害者は、障害に加えて女性であることにより、更に複合的に困難な状況に置かれている場合があること、…に留意する。」と記されています。
 障害者権利条約の要請からすると決して十分ではありませんが、こうした規定に対応した、例えば、障害者関連の各種統計での性別のデーター集計等は十分になされていない現状にあると思います。
 今後、障害女性を取り巻く複合的差別の実態が分かるデーターが収集されるとともに、障害者基本法をはじめとする法律や制度の改正が必要であると考えます。
○ Q2
・「障害者差別解消支援地域協議会」についてくわしく教えてください。
相談体制、紛争解決の位置づけになるのですか。
・尾上さんの言われていた様に今後相談体制、紛争解決はとても重要な内容だと思います。
 具体的に、合理的配慮にくわしい方とはどういう方になりますか?どういう方が担当になるかはとても重要なことだと思います。
● A2
 障害者差別解消支援地域協議会については、内閣府で検討会が開催されてきています。昨年4月に障害者政策委員会に示された「暫定指針」では、
「国及び地方公共団体の機関は、地域における障害者差別に関する相談等について情報を共有するとともに、当該事例を踏まえた協議の結果に基づき、地域協議会を構成する機関等(以下「構成機関等」という。)が、それぞれ自らの役割に応じて、当該事案の解決のための取組や類似事案の発生の防止等の地域における障害者差別を解消するための取組を行うネットワークとして、地域協議会を組織できる」
とされています。
 この記述からも分かる通り、地域協議会は相談体制そのものではなく、「相談等についての情報を共有」「各機関が自ら事案解決のための取り組みや防止など差別解消の取り組みを行うネットワーク」ということになります。

 構成は行政、関係機関団体、学識経験者等ということになりますが、「当事者の参加に留意すること」と、特記されています。
 詳しくは、第12回障害者政策委員会(2014年4月28日開催)の資料の内、
・参考1 障害者差別解消支援地域協議会体制整備事業の実施に係る同協議会の設置・運営暫定指針
・参考2 障害者差別解消支援地域協議会体制整備事業の実施に係る同協議会の設置・運営暫定指針の概要
の2点を参照下さい。
※第12回障害者政策委員会のurlは、以下の通り。
障害者政策委員会(第12回)議事次第 - 内閣府 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/k_12/index.html
 
 さらに、相談・紛争解決の仕組みに関連しては、自治体の差別禁止条例で相談・あっせん・調停・改善勧告・公表等、独自性を持った形で規定されていることが多いです。その中で、鹿児島県の差別禁止条例は、この地域協議会に「あっせん」の役割を条例で付加するといった特色を持っています。
 
 相談体制の中で、障害者の社会モデルの立場から合理的配慮等に関してアドバイスできる人材というのはとても重要であると考えています。当事者性ということに加えて、社会モデルに関する知見を有した人ということになるかと思いますが、そうした人材養成も含めて、アメリカのADAテクニカルセンターのようなものが、差別解消法の円滑な実施のためには不可欠であると考えています。
 また、相談体制だけに限りませんが、障害者差別解消法の対象となる分野について、基本方針では「常生活及び社会生活全般に係る分野が広く対象となる」とされています。差別解消法に無関係の分野はないと言えます。福祉行政の分野に限らない、様々な分野での取り組みが重要になってくるので、障害者運動の立場からも新しい発想が必要な局面を迎えていると思います。
○ Q3
紛争解決の前に、相互理解の促進が重要と考えます。
”事業所内の紛争解決機関”にその機能が考えられるならばいいのですが、名称からは紛争となってしまったものを扱うだけ(?)のように聞こえ、多少違和感を覚えました。
 
事業所内の紛争解決機関の設置義務の話がありましたが、どのような機関が予定・想定されているのでしょうか?
今後、各省庁でガイドラインが作られるとのことですが、当事者の参画、パブリックコメントなどの募集はあるのでしょうか?(もしあるとしても全省庁を対象にコメントするのは難しいのでは?)
● A3
 二つ目の質問に関して、差別解消法の9条〜11条で、対応要領や対応指針を作成する際には、「あらかじめ、障害者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。」とされています。この規定にそって、障害当事者の参画の上で検討されることが期待されます。
 パブリックコメントについては、行政手続法によることになりますが、そこで言う命令等に当たると思われますので、差別解消法・基本方針や雇用促進法・指針と同様、各省においてパブリックコメントが実施されるものと予想します。
 ご質問・コメントは雇用分野における紛争解決についてのご指摘で私の担当ではないかと思いますが、広く差別解消のためには、普段からの啓発や研修等が不可欠で、また、合理的配慮の提供にあたってのキーワードは「建設的対話」であると思います。
○ Q4
30年間障害を持って働いたものの、率直な感想として、企業の組織に阻まれて実際の差別に対してその解決を試みることは難しかった。
形式的に障害者を雇用する企業はあっても、実際に障害者を労働者として位置づけることはなかった。経済団体などにも差別解消について啓発する必要を感じる。
● A4
 障害者権利条約の批准に向けた議論の中で、労働分野に関して、これまでの「量」だけでなく「質」の確保も含めた制度・政策をと、障害者団体は意見提起をしてきました。ご指摘のような状況があるからこそだと思います。
 差別解消法や改正雇用促進法は、これまであまり関係がないと思っておられた分野の事業者にも、障害者差別について考えてもらうきっかけになると思います。
 障害当事者団体としては、この機会に、企業での研修等の機会が飛躍的に増加することを期待しますし、そういう展開になるよう色々な機会で働きかけていきたいと思います。

2015年3月30日

質問・コメントカードへの回答 3

松永久

松永久「改正障害者雇用促進法の概要」へ当日寄せられた質問・コメントへの松永先生の回答です。

(1)差別禁止・合理的配慮に関するご質問
○ Q
 直接差別以外の差別類型(間接差別、合理的配慮の否定)を含める予定は具体的にあるのか?スケジュールがあれば教えて頂きたい。  など
● A
 改正障害者雇用促進法は、障害者基本法第4条の合理的配慮の不提供の禁止を含む「差別の禁止」の規定を具体化するものであり、合理的配慮の不提供は差別であるとの考えの下、事業主の義務として、①募集・採用段階において障害者に対して障害者でない者と均等な機会を与えること ②賃金等の待遇について障害者であることを理由とした不当な差別的取扱いをしてはならないこと ③合理的配慮の提供義務 を一体のものとして新設する章に規定しています。また、間接差別については、平成25年3月に取りまとめられた労働政策審議会障害者雇用分科会意見書において、「①どのようなものが間接差別に該当するのか明確でないこと、②直接差別に当たらない事案についても合理的配慮の提供で対応が図られると考えられる事から、現段階では間接差別の禁止規定を設けることは困難である。」とされています。
 このほか、差別禁止・合理的配慮に関する指針の具体的な解釈や具体的な事例等に関しては、今後通達や事例集、パンフレット等で示していく予定ですので、そちらをご覧いただきたいと思います。
(2)精神障害者の法定雇用率の算定基礎追加についてのご質問
○ Q
 全体の雇用率が下がって、精神障害者の雇用率が上がったということは、雇用される本人ないし、事業所、あるいは就労支援事業所の戦略で、ボーダーラインの本人に手帳をとらせて雇用をかちとったということではないでしょうか?
○ Q
 雇用促進法改正に伴い、特別費用算定基礎にも精神障害者が加わるものと理解しているが正しいか。仮にそうした場合(雇用率は上昇する見通しとのことだったが)納付金額はどのように変化すると予想されるか。 など
● A
 精神障害者の方を各企業の実雇用率に算定するにあたっては、各企業 は本人の意思に反して精神障害者の方に障害者である旨の申告又は手帳の取得を強要してはならないこととしています。また、平成30年から精神障害者が法定雇用率の算定基礎に加わりますが、各企業への周知・啓発や、精神障害者の雇用ノウハウの蓄積等、施行に向けて十分な準備を重ねてまいります。
平成25年の法改正による納付金額への影響に関する御質問については、
障害者雇用納付金の納付金額は、その障害者である者一人につき通常必要とされる一月当たりの特別費用の額を基準として定められており、法定雇用率と同様に5年に1度見直しをしています。平成30年からは、特別費用を算定する際に勘案する対象障害者に精神障害者の方が加わることとなります。基準となる特別費用については、今後調査することにしていますが、その結果によっては、納付金額も変化する可能性があります。
(3)定着支援等についてのご質問
○ Q
 障害者雇用促進に効果的なのは法定雇用率や納付金制度ではなく、障 害者(被雇用者)と企業(雇用者)をつなぐパイプ役の制度や人員ではないか?と思いました。
○ Q
 障害者雇用は着実に増加しているということですが、雇用の定着率は比例して伸展しているのでしょうか。             など
● A
 御指摘のとおり、障害者の雇用促進のためには、障害者と企業の仲介となる制度や人員が必要です。職業紹介を行うハローワークに加え、障害者に対する業務遂行力及びコミュニケーション能力の向上支援、事業主等に対する職務や職場環境の改善の助言を行うジョブコーチがこれらの役割を担っています。なお、ジョブコーチ支援による職場定着率は88.2%となっています(※)。こうした職場定着支援は今後とも強化していきたいと考えています。
※ 地域障害者職業センター単独支援による支援終了後6ヶ月(平成24年10月〜平成25年9月までの支援修了者の実績)の職場定着率。
(4)難病新法についてのご質問
○ Q
  難病の社会参加が要求される中で、基本方針(難病法)との連動はお考えでしょうか。
● A
 難病患者の方に対しては、発達障害者・難治性疾患患者雇用開発助成金の支給やハローワークにおける難病患者就職サポーターの配置等の施策を講じています。難病新法に係る基本方針については、就労に関する事項も含め、現在、厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会において検討しているところです。厚労省としては、今後策定される基本方針を踏まえて就労支援に取り組むこととしています。

2015年8月14日

質問・コメントカードへの回答 4

川島聡

川島聡「障害者雇用法制と「法と経済」」へ当日寄せられた質問・コメントへの川島先生の回答です。

○ Q
「合理的配慮における過重な負担」について事業主が配慮されているがために義務を怠り、合理的配慮が成立されないことにいきつかないか、結局はかなわない制度とならないか懸念される。企業のチェック体制は整備されるのだろうか。
● A
過重な負担(不当な負担、不均衡な負担)を抗弁に、障害者への配慮が行われないことはあります。そして、過重な負担という考え方そのものを否定することはできません。なぜなら、shouldはcanを前提とするはずですので、配慮をすべきと言うためには、その配慮が現実に可能なものでなければならないからです。どのような負担が過重になるかは、さまざまな考慮事項をふまえて総合的に判断されることになるとおもわれます。
○ Q
今回のシンポジウムの主旨から外れてしまうコメントかとは存じますが、「障害者の雇用」というトピックの内部にも、例えば一般女性の問題と同様に女性の雇用率や収入が低いこと、障害の種ごとに格差が存在することなど、多様な「障害者内部での格差」も存在するかと思います。
こうした問題に関して何かお考えがあれば、ぜひお話をきかせていただきたいです。
● A
ある特徴をもっている集団(障害者)の不利益と、他の特徴をもっている集団(女性)の不利益とが複合(交差)している場合に、複合差別といわれる問題(障害女性の不利益の問題)が生じます。すなわち、障害者のニーズが<非障害者中心社会>では充足されず、かつ、女性のニーズが<男性中心社会>では充足されない状況の下で、障害者のニーズは<非障害者中心の女性政策>の中で軽視され、かつ、女性のニーズは<男性中心の障害政策>の中で軽視されるので、障害女性のニーズは女性政策と障害政策のどちらにおいても軽視される、という問題が出てきます。
 
これとは違う水準の問題として次のものがあります。あるひとつの差別禁止事由(障害)を共有している集団(障害者集団)の内部には、障害の種類・程度が多様であるがゆえに、さまざまな小集団(視覚障害者、聴覚障害者、盲ろう者、肢体不自由者など)が存在しています。そして、なんらかの制度を構築する際には、障害があるかないかの境界線上にいる人びとがその制度からこぼれ落ちたり、その制度から特定の小集団が除外されたりすることもあります。これも、障害者内部での格差の問題ということができます。
 
異なる二つの差別禁止事由(障害と女性)が複合して生じる問題と、ひとつの差別禁止事由(障害)の中の多様性により生じる問題とは、どちらも障害者(集団)内部の問題としてとらえることができますが、これらは次元を異にする問題ですので、一応、これらを区別しておくことが、議論の出発点として重要になるとおもわれます。
○ Q
私の職場(視点3~400人くらい)には歩行困難者がいない(「障害者」は私含め6名)ため、机と机の間がせまく通路も棚などでせまくなっています。
そこに車イスユーザー社員を配置しようとすると、全体的な机などの移動や席配置変えが必要となります。 来てから合理的配慮を月27000円または50000円でしていくよりも最初から広めに設定していれば、そこにすぐに入ることも可能になり、雇用機会も増えるのでは?と思いますが、合理的配慮を事後にすればいいと考えることで、歩行可能な障害者に限定すること(意識していないが)になったら差別に当たらないのですか?
ちなみにビルそのものはバリアフリーです。
● A
英国平等法では、「対応型合理的調整」と「予測型合理的調整」の二つが区別されています(拙稿「英国平等法における障害差別禁止と日本への示唆」『大原社会問題研究所雑誌』No. 641(2012年)39頁)。
 
一般に言われている合理的配慮は、「対応型合理的調整」です。これは、基本的に、具体的なニーズを有する(社会的障壁の除去を必要としている)特定の個人が現実に存在していて、相手方がその個人から具体的要求を受けた後に講じなければならない措置のことをいうので、個別的事後的なアプローチをとります。日本で合理的配慮という場合は、このアプローチを意味し、日本の差別解消法の下では、相手方が、過重な負担がないのに適切な措置を講じなければ、差別が発生します。
 
これに対して、「予測型合理的調整」は、障害者個人からの具体的な要求を受ける前に、相手方が障害者一般のニーズを予測しながら前もって講じなければならない措置のことを意味します。これは、集団的事前的なアプローチといえます。
○ Q
機会費用というのは、納付金、報奨金以外も含むので、「5万円」「2万7千円」がミニマムとはいえないのではないでしょうか? (内容がわかっていないのかもしれません・・・)
● A
ご指摘のように、機会費用は、さまざまなものを含みます。そして、企業によって機会費用も異なってくるものです。今回の報告では、どの企業(常時雇用労働者数が100人を超えるどの事業主)にも共通する基本的な重要性をもつものとして、また議論の出発点として、納付金と調整金を念頭に置いた議論をしています。納付金と調整金以外にどのようなものを考慮に入れるべきか、などの議論は応用問題として今後の課題としています。
○ Q
・難病の障害の範囲は、疾病リストを1つ1つ検討していく方式をとっており、割当雇用制度を適用した場合、個別の疾病観の平等性を確保できないのではないかと懸念しています。
(疾病リストで政策対象とされている疾病と、対象外の疾病間での不平等が生じる)
そのとおりだが、ないよりあった方がよいかどちらか
・合理的配慮は、「その他の心身の〜」の範囲として幅広い考え方・運用が可能であるため、難病の雇用政策として難病の人の抱えている問題解決に合致しやすいのではないかと考えることもあります。しかし一方で、「過重な負担」問題があり政策として心もとない話も聞こえてきます。
・割当雇用制度の導入を要求していくべきだという議論と、合理的配慮の提供を進めていくべきだという議論を双方が立ち止ったままの状況にあるようにも感じています。両者の比較がなされていましたが、合理的配慮は現在理念的運用ですが、財政的な制度のバックアップがあるべきとお考えでしょうか?
● A
障害の境界線問題(法的保護の対象となりうるか否か)は、常にあります。社会モデルの視点から得られるひとつの知見として、なるべく法的保護の対象を広げていくべきだというものがあります。ただ、そうだとしても、具体的な政策論として、どこに線を引くべきかという問題は、さまざまな考慮事項が関わってくるため、簡単な結論を出すことはできない問題です。
 
合理的配慮については、助成金などの公的なバックアップが一定程度は想定されているものとおもわれます。合理的配慮に関する重要な論点のひとつは、ある配慮が過重な負担となるか否かを判断するときに、そのような公的支援の有無・内容が考慮されるというものです。
○ Q
ADAで障害者雇用が進まなかったのには、一つに障害の定義の問題があり、定義をより広くするよう改正した。その影響は障害者雇用の実態に影響していないのでしょうか。
納付金・調整金制度は、そもそも法定雇用率未達成企業の存在を前提とする制度であり(タコが自分の足を食う)すべての企業が達成したら達成企業への調整褒賞金の原資がなくなり、制度として成り立たなくなる。
つまり、納付金(罰則)と調整金(インセンティブ)のやりとりの現制度は未達成を前提としていて、制度として目的と手段が矛盾したいびつな制度であると思います。
 
また、雇用率はその中身を問うていないので、頭数さえ揃えばよく、契約-臨時社員で一定期間雇い、障害者のキャリアupや昇給の機会がないまま契約期間切れとなって新たな人を雇っても、雇用率自体は変わらなくなりますので、割当雇用制度は合致しない積極的差別是正措置ですらないのではないかと思います。
⇒未達成を前提としている→永久に達成できないようにする。
● A
大きな論点でして、ここで全部を包括的に論じることは難しいです。私の考えもまだまとまっていないので、さしあたり現時点での暫定的な考えをのべます。
 
まず、アファーマティブ・アクションとして割当雇用制度を捉えた上で、たとえば過去と現在の構造的な不利益処遇に対する補償の一環として、たとえば一定の法的雇用率の達成を企業に義務づけることは、支持されえます。そして、過去と現在の構造的な不利益処遇によって生まれている格差が是正されたときには、暫定的な特別措置としてのアファーマティブ・アクションは終了することになります。
 
次に、アファーマティブ・アクションの実効性の確保のために、義務不履行の企業に対して、一定金額の納付を義務づけることは、ひとつの有益な手段であると考えられています。
 
以上を前提にして、もしもすべての企業が法定雇用率を達成するような事態が生じた場合には、納付金が入ってこなくなるので、調整金の原資がなくなる、というご指摘の問題があります。
 
そこで、ひとつの案として、たとえば、調整金を税金によって全面的に賄うことも考えられます(A案)。また、別の案として、調整金そのものを廃止することがかんがえられます(B案)。調整金も、アファーマティブ・アクションの実効性の確保として、ひとつの有益な手段ではありますが、必須のものとまで考える必要はありません。
 
ただし、これらの案は、現在の割当雇用制度の調整金的な性格(納付金を財源に、調整金を支給して、障害者雇用に伴う事業主間の経済的負担を平等化する)に修正を迫ることを意味します。
 
さらに違う案(C案)として、すべての企業が法定雇用率を達成できないように(ご指摘されているところでもありますが)、あるいは雇用率完全達成を可能な限り引き延ばすために、さまざまな工夫をすることもかんがえられます。たとえば、重度障害者のダブルカウントを1.5人カウントにしたり又は廃止したり、「特例子会社」制度に関する現在のあり方を修正したり、するなどです。
 
以上の案の現実的妥当性は、もちろん、なお慎重な検討を要しますので、今後とも、さまざまな可能性を考えていく必要があるとおもわれます。
 
そもそも、たとえば過去と現在の構造的な不利益処遇によって生まれている格差を是正する措置として割当雇用制度を捉えるのであれば、実のところ、この制度は、量的側面のみならず、質的側面も問われるべきものであるかもしれません。つまり、割当雇用制度のあり方は、質的側面を考慮に入れて、再検討する必要もでてきます。このような考え方の下では、「頭数さえ揃えばよく」というのは否定されます。すなわち、一定の質を伴った量でなければ、量としてカウントしない、ということになります。
○ Q
合理的配慮には救済可能性ありとのことですが、具体的にはどのような効果が現状での解消法や促進法の中でありえるのでしょうか。
法的効果が認められるのでしょうか。
● A
すこし誤解を招く表現であったかもしれません。差別解消法、雇用促進法は、私法上の効果を規定していません。私法上の効果は、民法等の規定に従って、個々の事案に応じ判断されることになります。今後の司法の動向が注目されます。
○ Q
わかりやすいお話をありがとうございました。
障がい者を雇用して調整金、納付金の分を合理的配慮につかうというのは一面でうなづけるものですが、障がいの人を雇用することで発生する人的負担、育成にかかる費用(一般的に学ぶ機会がすくない、あるいは経験がすくないことに由来したり、知的障がいのある方など、ある程度仕事ができるようになるまで時間のかかる人は多いかと思います)などを考えあわせるとそういった面に調整金がつかわれてきたのではと考えられます。
そうなるとやはりプラスαの負担になってしまう企業も多いかと思います。
もちろん合理的配慮は行われるべきことだとは思うのですが。
● A
ある特定の個人のために行われる合理的配慮には、最低限、どれくらいの費用をかけるべきかという問題があります。この問題を考える場合には、個別具体的な事情に応じて、さまざまな関連費用を考慮しなければなりません。今回の報告では、その最も重要な一部として、納付金と調整金という割当雇用制度の中核を占める機会費用に着目しました。
○ Q
特にスライド9枚目について、 これまで法定雇用率未満の障害者しか雇用していない事業主の限界費用が、1人雇用するにつき5万円減少するとのことでしたが、雇用するようになれば2万7千円の給付金も得られるようになることから、1人雇用すれば7万7千円のプラスになると考えたのですが、「5万円」とするのはどうしてですか?
経済に詳しくないため初歩的なことをおたずねし、申し訳ございません。
● A
雇用率を超えて障害者を雇用している場合(雇用率達成の事業主の場合)には、一人につき月額27,000円の調整金が得られます。しかし、スライド9枚目では、雇用率未達成の事業主の場合を考えています。雇用率未達成の事業主は、不足数に応じて、一人につき月額50,000円の納付金を納付することになりますので、もし一人雇用すれば、月額50,000円の納付金を払わなくてよいことになります。